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『ゴジラ-1.0』を観に映画館へ行きました。
朝ドラの『らんまん』の主人公とヒロインが同じだったので、すぐドラマに没入できました。

なかなかゴジラ映画を作るのも昨今大変です。
ゴジラが登場しなくても、ドラマ自体を面白くつくらないと楽しめません。
今回は人間のドラマの方に焦点があったので結構楽しめました。

ゴジラ登場シーンもリアリティーがありました。
最近の映画界はVFX技術が進化しているので、よほどの出来映えでないと、びっくりしません。

1954年の一番最初のゴジラ映画の似たようなシーンがいくつか作ってありました。
白黒の初代ゴジラですが、今観ても、結構楽しめます。
ゴジラ登場のシーンが夜だったり、登場シーンが少ないけれど、結構怖いです。
当時の特撮技術でよくあそこまで作ったものです。

自分は、怪獣映画は好きですが、ウルトラマンシリーズはあんまり好きではありません。
ウルトラマンが出るようになって、人間が着ぐるみの中にはいって演技しているのが子供心にもわかってしまったのもあるかもしれません。

でも一番の理由は、怪獣とウルトラマンの決闘シーンがメインになって、怪獣が登場するための恐怖の筋立てがおざなりになってしまったせいだと思います。

自分は、幼稚園時代に観ていた「ウルトラQ」が一番面白かったです。
幼稚園だったから、特撮を見る目が幼かったからだと思い込んでいましたが、そうではなく、そのストーリー性あったんだと思います。



# by yuugurekaka | 2023-11-10 13:38 | 日記 | Trackback | Comments(0)

高角山(たかつのやま)公園 島根県江津市島の星町

「島の星山」(標高470m)の麓に、葉歌人・柿本人麻呂にちなんだ公園が造られていた。
島の星山は、万葉歌人・柿本人麻呂の歌に出てくる「高角山」(たかつのやま)ということになっている。

※ 「島の星山」となったのは、貞観16年(874)つまり平安時代に隕石が降下したことからだそうだ。


柿本人麻呂の妻 依羅娘子(よさみのおとめ)の銅像  

柿本人麻呂 伝承地 (2) 高角山公園_e0354697_20010483.jpg


万葉歌人 柿本人麻呂の銅像

柿本人麻呂 伝承地 (2) 高角山公園_e0354697_20013183.jpg

石見のや高角山の木の際より
   我が振る袖を妹見つらむか

 人丸神社

柿本人麻呂 伝承地 (2) 高角山公園_e0354697_20035534.jpg





# by yuugurekaka | 2023-10-24 20:44 | 柿本人麻呂 | Trackback | Comments(0)

万葉歌人・柿本人麻呂の伝承地が石見地方にはたくさんある。
どこでその歌を詠んだのか諸説あるけれど、とりあえず伝承地とされているところを行ってみることにした。

『辛の崎』の歌碑

柿本人麻呂 伝承地 (1 )  辛の崎_e0354697_18404315.jpg

つのさはふ 石見の海の 言さへく 辛の崎なる 海石にぞ 深海松生ふる 荒磯にぞ 玉藻は生ふ・・・

さて、ここの歌碑から、石見大崎鼻灯台へ歩いて行ってみる。歩いて10分。

柿本人麻呂 伝承地 (1 )  辛の崎_e0354697_18443832.jpg

カラスの大群が、灯台の上空にたくさん飛んでいた。
あまりの大群に恐ろしいものを感じる。
ヒッチコックの『鳥』みたいにならんかと思いながら歩いた。しかし、取り越し苦労だった。

灯台の周りを歩いたが、絶壁のようで、及び腰になり、手すりをもちつつカニのようにゆっくり歩いた。
東の方の海岸風景。

柿本人麻呂 伝承地 (1 )  辛の崎_e0354697_18485826.jpg

灯台に説明版があって良かった。
向こうに見える高い山が、江津市の高角山である。
この「高角山」も古の時代に益田市にもあったと江戸時代の書物に書いてあり、頭が混乱する。


柿本人麻呂 伝承地 (1 )  辛の崎_e0354697_18552878.jpg

西側の海岸は岩場になっている。

柿本人麻呂 伝承地 (1 )  辛の崎_e0354697_18505559.jpg






# by yuugurekaka | 2023-10-23 19:02 | 柿本人麻呂 | Trackback | Comments(0)

龍厳山 島根県大田市仁摩町大國

つぬさはう石見の龍厳山(りゅうがんやま)_e0354697_12082526.jpg


石見城跡

なぜ龍厳山というのかというと、この岩が天に昇っていく龍に見えるということだ。
割れた穴が赤くなっており、龍が口を開けているようにも見える。

この山の頂上には、石見城という城があった。
なぜ、「石見」城なの?

龍厳山またの名が石見山ともいうらしい。石見山に龍岩があり、龍厳山ともなったのかもしれない。
この山が、石見国の国号由来の山という説もあるらしい。

天然記念物 ノウゼンカズラ

ここの山のノウゼンカズラが、大田市の天然記念物だそうで、樹齢400年~500年のものだそうだ。
どれが、ノウゼンカズラなのかわからなかったが、右下の岩を登っているようなツタの植物がノウゼンカズラらしい。
観にきたのが9月の終わりなので、花は咲いていなかったが朱色の花が7月~8月に咲くようだ。

ノウゼンカズラの花 ※龍厳山のものではありません。

つぬさはう石見の龍厳山(りゅうがんやま)_e0354697_12092263.jpg

つぬさはう石

石(岩)の枕詞に、角鄣経(つぬさはう)という言葉がある。
一説によると、石に蔦がはっている有様をいうようだ。


石見権現宮の話

『角鄣経 石見八重葎』(1817年)に、今はない「石見権現宮」の伝説が書かれていた。


ここらあたり一帯が入海だった。
出雲の須我命の御子の八束水臣津野命が、馬に乗って現れ、ここの龍厳山の対岸の駒岩(馬を留めた岩)に馬を留め、丸木舟で龍厳山に近づき、この龍岩を鑑賞して歌を詠んだとか。

是ハこれ 浮世をわたる丸木舟 石見の海のあらきなミかせ


と宣ふとなり。夫より龍岩御上覧有、折しも秋の末のことなる故に蔦かつら紅葉したる気色岩の角々へはゐさかり錦をなせる趣、其外岩茸種々の苔色をあやとり、古キ松生茂り枝をたれたるありさまいわんかたなし。別而数々の岩毎に蔦かつらはゐ下り錦をなせる事詠考により角鄣経石見と返ス返す詔り有しとも、又外に数々其教あり。



龍厳山の対岸の駒岩に、八束水臣津野命を祭神として石見権現宮が祀られていた。

しかしながら、その後長い年月が流れ、いつしか八幡宮をお祀りするようになり、石見権現宮は朽ちて壊れてしまった


石見八幡宮  ※石見権現宮でありません。龍厳山の北麓に鎮座しています。

御祭神 品陀和気命・帯仲津日子命・息長帯媛命・大垂乳女神・媛大神 

島根県大田市仁摩町大国389


つぬさはう石見の龍厳山(りゅうがんやま)_e0354697_13433737.jpg

元禄6年酉の年、十七歳の女性が神がかりして、託宣した。「我はここに鎮座する八束水臣津野命なり、今は石見権現と号す神なり。早くお宮を建てよ。」と。でも、村人は疑い信じようとせず、何か神徳の一つを見せなさいというと、字が書けないその女性が、すらすらと字を書いてみせた。それで石見権現宮を造営した。


しかしながら、この石見権現宮は現存していない。石見権現宮があった駒岩は、かけらが、龍厳山の西方300メートルに現存しているそうだ。『仁摩の郷ガイドブック』によると、「龍厳山の麓の三瀧権現神社に合祀されています。」とのこと。

大田市役所の未指定文化財の一覧表に、「龍巌権現神社(三瀧権現) 」が載っているので、現在の龍巌神社と呼ばれているのが三瀧権現神社と思われる。


龍巌神社


三瀧権現というから、昔は滝が流れていたのではないか。

龍厳山の西側の中央に参道があって、たいへんわかりやすかった。7月ごろにくれば、上の大岩にきれいな花が咲いていたのだろう。


つぬさはう石見の龍厳山(りゅうがんやま)_e0354697_14291868.jpg

麓に鳥居ができていた。


つぬさはう石見の龍厳山(りゅうがんやま)_e0354697_14203008.jpg

きれいに石段が整備されていた。

いつまでも続くのだろうかと思ったら、割と早く、10分ぐらいでお宮に着いた。



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巨岩のもとに龍巌神社のお宮があった。

祭神は、八束水臣津野命。


つぬさはう石見の龍厳山(りゅうがんやま)_e0354697_14214153.jpg

なぜに八束水臣津野命だったのだろう。

ここは、古代(奈良時代には)、大国郷であり、現在も大国の地名が残っている。

大国主命の方がはるかに有名な神様なので、大国主命に結び付けられてもいいはずである。なぜ、八束水臣津野命でないといけないのか。


詳しくは、  八束水臣津野命と石見国 【龍石伝説】








# by yuugurekaka | 2023-10-21 14:42 | Trackback | Comments(0)


龍岩神社   島根県邑智郡邑南町八色石792

龍岩神社 447段?の長い石段を登る。_e0354697_14284874.jpg

ここの神社にたどりつくまでに神経をすり減らし疲れてしまった。
大森銀山の城上神社から、グーグル地図のナビで自動車を走らせてきたのだが、最短の道路として、川本町の商店街からナビされた道路を走ってきた。

車が一台しか通れない道で、山のへりの崖のような場所をゆっくり来たからだ。道路がよくわかっていたなら、遠回りして、物部神社のある大田市街から来ている。
375号線を走ったほうが、良かったのかなあと思う。

龍岩神社の伝説


龍岩神社 447段?の長い石段を登る。_e0354697_14303290.jpg

なぜ、このお宮にきたかというと、ここの神社の伝承に興味をひいたからであった。

(ここの説明版の前半部分を意訳してみた。)

八束水臣津命がこの地にやってきた際、一人の姫神(石見天豊足柄姫命)が登場する。
姫神は、「この国に八色石あり。山を枯れ山となし、川を乾いた川と成し、蛇と化けて、いつもやってきて民を困らせる。」と告げた。
八束水臣津命が、石を二つに切ると、首は飛び去って邑智郡の龍石に、尾は美濃郡の角石(つのいし)となった。

これでこの国のわざわいが無くなり、姫神は大いに喜び、八束水臣津命を家に招いて接待した。
一夜明けて、八束水臣津命が目を覚ますと、姫神は一片の石となっていた。

ここの龍石(別名 八色石)が八束水臣津命に斬られた龍の頭の石で、ここの神社の御神体ということだ。
石になった姫神は、浜田市の殿町で祀られているが、「尾」の方の石はどこで祀られているだろうか。

龍岩神社 447段?の長い石段を登る。_e0354697_15175286.jpg

さて、この石段である。
上の果てが見えない。何段あるのだろうか。
ある人のブログでは、443段と書いてあったが、私は、一番下の道路のところから数えて447段あった。(数え間違いかも)

心配なのは2点。
①脚力はあるが、何分ステントの入った心臓なので、心臓の力があるか、ということ。リハビリの先生が、過度な運動ならば休憩を小まめに取れと言われていたので、50段ごとに心拍数を下げるための休憩をとることにした。

②たいへん高いので、途中でつまづいたら大変なことになる。高所恐怖症である。時間はかかるが、石段は片足ずつではなく、両足を載せて登る。下を覗くことはせず、近場だけを見て、手すりにしがみついて登り降りする。

ここの村の人は大変である。

やっと境内に到達。

龍岩神社 447段?の長い石段を登る。_e0354697_15282265.jpg

御神体の龍石

龍岩神社 447段?の長い石段を登る。_e0354697_15290835.jpg

登ったあとがまた大変である。後ろ向きに、一段一段、両足を下して、ゆっくり降りた。








# by yuugurekaka | 2023-10-07 15:34 | 石見国 | Trackback | Comments(0)