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仁多郡奥出雲町の八重垣神社

奥出雲町と雲南市大東町の道路を通るたびに、八重垣神社跡の看板が気になっていました。

観光地としては、松江市の八重垣神社が有名ですので、「奥出雲町にも八重垣神社があるのか?」「松江市の八重垣神社と何か関係があるのか?」などと思っていました。

※ 松江市の八重垣神社とは、直接関係はありません。

江戸時代の末期の書物によると、松江の八重垣神社は、雲南市大東町の須我神社を勧請した神社と式内社・佐久佐神社が合体したものらしいです。(これも真実なのかどうか。勧請したものならそもそも、江戸時代に須我神社も八重垣神社と名のっているはず)

現在の八重垣神社

現在の八重垣神社に参拝しました。伊賀武神社の境内社になっています。

明治の神社再編でここに遷ってきました。

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境内社 八重垣神社

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ヤマタノオロチ伝説の八重垣神社跡地 周辺

八重垣神社跡地の手前にある元結掛けの松(モットイの松)

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稲田姫命が、髪を結んでいた「元結」を掛けたという松があったと伝えられています

良縁を願って、ここに通るものが元結を掛けて祈願したらしい。その松は、台風や病害虫などにより枯れたり倒れたりして、何度も植え替えられたそうです。

江戸時代には、アシナナヅチの神、テナヅチの神の像がありました。

元の八重垣神社の石段

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そんなに長い石段ではありませんでした。

元の八重垣神社の境内です。

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アシナナヅチの神、テナヅチの神が棲んでいたという長者屋敷跡に行きました。

この神社跡から歩いて5分ぐらいの距離です。

長者屋敷跡

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江戸時代中期の『雲陽誌』にも、記載された伝承地です。ここには、
アシナナヅチの神、テナヅチの神が立て置いた杖から根が出て、福竹
(ほていちく、立身竹ともいう)という小竹が生えています。

昔は、連理の大きな白椿があったと伝えられています。

長者屋敷跡から東側の山の麓に白い説明版が見えました。

鏡ヶ池です。松江市の方の八重垣神社にも、鏡の池がありますね。

稲田姫命が、鏡の代わりに身づくろいしたという池です。

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ここの場所ですが、斐伊川の比較的上流に当たります。

須佐之男命のヤマタノオロチ伝説は、奥出雲町の鳥上山に降臨するところから始まるので、一番近い伝承地と言えるでしょう。

斐伊川をここからまた西に下って、雲南市の木次町西日登にも、「長者の福竹」や、アシナナヅチの神、テナヅチの神が住んだという「万歳野」という伝承地があります。

また西日登にも行ってみたいです。




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by yuugurekaka | 2024-07-01 18:37 | 日記 | Trackback | Comments(0)