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月照寺の大亀と久多美の龍神


松江藩主 松平家の菩提寺である月照寺に行きました。

梅雨時は、あじさいの花が咲き美しいお寺です。しかし、6月の初旬はまだ早かった。まだ3分咲でした。

2週間後(6月の中旬以降)に行けばよかったです。

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月照寺の大亀

六代目松平宗衍(むねのぶ)公の墓所には、高さ約3mの大亀の寿蔵碑(じゅぞうひ)があります。

※ 寿蔵碑は、生前に建てる供養塔。


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宗衍公が50歳になった際、息子である治郷(不昧公)が父の長寿を願って建立したものだそうです。

江戸時代に中国から伝わった建立様式で、台座の大亀を「亀趺(きふ)」と云います。

しかし、どこから見ても大亀ですが、実は、贔屓(ひき)と言い、龍が生んだ9匹の子供のひとつの神獣です。つまりは、亀の形をした龍なのですね。

さて、この石碑に使われた石は、月照寺から20キロ以上の遠くに位置する出雲市久多見町の山から伐り出し、舟に乗せ宍道湖と堀川経由して運んだそうだ。

その伐り出したと云われる母岩を久多見の山に見に行きました。

延命地蔵尊

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その母岩に地蔵が線で刻まれているので、延命地蔵と言うらしい。(しかし、『久多美村誌』には、観音像とあります。)

片道15分から20分とあります。駐車場が車一台分あって助かりました。

さあ 出発です。道が整備されていました。


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この崖の道を渡り終えると、延命地蔵の石でした。3mぐらいあります。

この岩が、月照寺の寿蔵碑のための石がきりだされた石です。


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『久多美村誌』によれば、『出雲国風土記』に登場する玖潭神社(くたみじんじゃ)は、この山の頂上に(城山要害平)鎮座していたらしい。

しかし明応5年(1496年)に焼失、その時、御神体はこの巨岩上に鎮座したそうです。

現在地はさらに南東に約1キロ弱に遷座しています。

玖潭神社の鳥居

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藩の役人が、巨岩をきりだそうとするが、きりとれない。

謂れのある御神石とわかり、玖潭神社に奉斎し、1週間の参篭をおえて山に登ると、なんと一大音響とともに真っ二つに裂けたというのです。

その後、この巨岩をきりとることを禁じ、遺跡を永久に保存するために地蔵像を刻んだようです。

久多美神は龍神

実は、久多美神は、出雲大社の門神のうちの西側の一柱です。

久多美神がなんのかさっぱりわかりませんでした。『出雲国風土記』では、大国主命が「はやさめ くたみのやま」とおっしゃられたと書かれている地名起源に登場します。

『豊後国風土記』にも、球覃郷(くたみのさと)が登場しますが、オカミ神が登場します。谷間の水神と云われ、龍神です。(京都 貴船神社などの祭神 タカオカミ神

大国主神自体が龍神とも云われますが、2柱の龍神(海の水の神、陸の水神)の守られている格好になっているのではないかと思います。

詳しくは ⇩

月照寺の寿蔵碑をつくった7代藩主の松平治郷公の廟門をよく見ると、龍のみごとな彫り物がありました。

久多美神と関係があるのか、ないのか。


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by yuugurekaka | 2024-06-05 16:51 | Trackback | Comments(0)