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人麻呂渡し 江西駅

江の川と橋   江津市

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江の川に橋が架かったのは、近代になってのことで1904年(明治37年)でした。

それまでは、ずっと舟で渡っていたのでした。

河岸の細い道路を南に行くと、柿本人麻呂ゆかりの場所、「江西駅」があります。

インターネットや本を見ても、フリガナがうってないので、「ごうさいえき」と言うのか、「ごうのにしのうまや」というかわかりません。

島根県教育庁埋蔵文化財調査センターのパンフレットには、「こうせいのうまや」と記してありました。)

奈良時代には、駅(うまや)があった場所です。

人麻呂渡し  柿本人麻呂が上来の際、舟で渡ったという場所です。

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駅といっても、当然汽車が走っているわけではありません。

行政の通信連絡の拠点で、山陰道の場合、駅ごとに駅馬が5匹居たそうです。

一般的には30里ごと(約16km)に一駅あるはずですが、江の川の反対側の東側に「江東駅」があったということなので、地域の実情で、絶対的な基準ではなかったのかもしれません。

説明版

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人麻呂渡しのところにあった祠

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どんな神様を祭っているかわかりませんでした。

昭和3年まで、渡し舟をやっていたということなので、もしかすると、川の神なのかもしれません。

柿本人麻呂とは関係ないかもしれませんが、柏手を打って拝みました。

人麻呂渡しの場所の江の川です。

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Commented by juliastardustrevu at 2024-02-03 04:14
いつもいいねありがとうございます。
そのお礼と言ってはなんですが
こうせいのうまや、とふりがなが振られている資料を見つけました。
https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/tayori/kankoubutu/hakkutupanhu.data/simonoharapanhu.pdf
の中の6のまとめの中です。
Commented by yuugurekaka at 2024-02-03 11:28
コメントありがとうございます。わざわざ調べてくださりありがとうございます。
島根県の埋蔵文化剤文化財調査センターのパンフレットですね。
このようにフリガナを打ってもらうと助かります。

ただ、県の資料でも、古代史の分野では、違うフリガナが打ってあり、頭が混乱します。
(例えば、郷を「ゴウ」とあるもの「サト」と記してあるもの)
Commented by yuugurekaka at 2024-02-03 11:35
juliastardustrevuさんありがとうございました。

ブログの記事を訂正しました。
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by yuugurekaka | 2023-12-30 21:27 | 柿本人麻呂 | Trackback | Comments(3)