2023年 10月 21日
つぬさはう石見の龍厳山(りゅうがんやま)


是ハこれ 浮世をわたる丸木舟 石見の海のあらきなミかせ
と宣ふとなり。夫より龍岩御上覧有、折しも秋の末のことなる故に蔦かつら紅葉したる気色岩の角々へはゐさかり錦をなせる趣、其外岩茸種々の苔色をあやとり、古キ松生茂り枝をたれたるありさまいわんかたなし。別而数々の岩毎に蔦かつらはゐ下り錦をなせる事詠考により角鄣経石見と返ス返す詔り有しとも、又外に数々其教あり。
龍厳山の対岸の駒岩に、八束水臣津野命を祭神として石見権現宮が祀られていた。
しかしながら、その後長い年月が流れ、いつしか八幡宮をお祀りするようになり、石見権現宮は朽ちて壊れてしまった
石見八幡宮 ※石見権現宮でありません。龍厳山の北麓に鎮座しています。
御祭神 品陀和気命・帯仲津日子命・息長帯媛命・大垂乳女神・媛大神
島根県大田市仁摩町大国389

元禄6年酉の年、十七歳の女性が神がかりして、託宣した。「我はここに鎮座する八束水臣津野命なり、今は石見権現と号す神なり。早くお宮を建てよ。」と。でも、村人は疑い信じようとせず、何か神徳の一つを見せなさいというと、字が書けないその女性が、すらすらと字を書いてみせた。それで石見権現宮を造営した。
しかしながら、この石見権現宮は現存していない。石見権現宮があった駒岩は、かけらが、龍厳山の西方300メートルに現存しているそうだ。『仁摩の郷ガイドブック』によると、「龍厳山の麓の三瀧権現神社に合祀されています。」とのこと。
大田市役所の未指定文化財の一覧表に、「龍巌権現神社(三瀧権現) 」が載っているので、現在の龍巌神社と呼ばれているのが三瀧権現神社と思われる。
龍巌神社
三瀧権現というから、昔は滝が流れていたのではないか。
龍厳山の西側の中央に参道があって、たいへんわかりやすかった。7月ごろにくれば、上の大岩にきれいな花が咲いていたのだろう。


いつまでも続くのだろうかと思ったら、割と早く、10分ぐらいでお宮に着いた。

祭神は、八束水臣津野命。

ここは、古代(奈良時代には)、大国郷であり、現在も大国の地名が残っている。
大国主命の方がはるかに有名な神様なので、大国主命に結び付けられてもいいはずである。なぜ、八束水臣津野命でないといけないのか。
詳しくは、 八束水臣津野命と石見国 【龍石伝説】

