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【熊谷郷】稲田姫命と大国主命誕生の地

熊谷郷くまたにごう)。

郡家の東北二十六里の所にある。古老が伝えて言うには、久志伊奈太美等与麻奴良比売命(くしいなだみとよまぬらひめ)が、妊娠して出産しようとなさるときに、生む所をお求めになった。そのときに此処に来ておっしゃられたことには、「とても奥深い【原文…久々麻々志枳(くまくましき)】谷である。」とおっしゃられた。だから、熊谷という。(島根県古代文化センター編『解説 出雲国風土記』今井出版)

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実際、行ってみないとわからないことが多い。
熊谷郷というのが、飯石郡にある。実際に行ってみると、二つの川(右手の斐伊川と左手の三刀屋川に囲まれた三角洲という場所である。)そして、左手の山と右手の山に囲まれた「谷」間の平野である。

具体的に言うと、左手の山が、大国主命が降臨したという伊我山(現在の峯寺弥山)、右手には大国主命が八十神を討とうとして城を造ったという城名樋山(きなびやま)が写真に写っていない手前にある。

民俗学の世界では、谷は女性の体(女陰)に例えられる。
ここでは出産ということでさらにわかりやすい記述である。
古代史の世界でそういうことは、あまり書いてないが、ここに来てみるとなるほどと思う。

稲作は谷間から発展したと言われる。
稲田姫命に関係するから、なおさらそういう話で、神々しい。(くまくましき)

『古事記』では、大国主命は、スサノオノミコトの6世孫だが、『日本書紀』では息子。
いうなれば、ここ熊谷郷で生まれたという話ができあがる。

左の伊賀山の麓には、大和箸墓古墳との形状の比較が言われる松本古墳群や三屋(みとや)神社がある。

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by yuugurekaka | 2023-02-08 19:49 | Trackback | Comments(0)