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歌舞伎の祖・出雲阿国 神魂神の末裔の神と。

出雲大社から、稲佐の浜へ行く道の途中に奉納山という小山がある。
展望台があり、きれいな弓形の「薗の長浜」の写真が撮れる。

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この奉納山には、歌舞伎の祖と言われる出雲阿国(おくに)の塔がある。

入り口の指示板

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出雲阿国(おくに)の塔                   

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有名な歌舞伎俳優さんの名前がある。

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実は展望台と阿国の塔の他にも出雲手斧神社(いずもておのじんじゃ)という神社がある。
出雲阿国のお墓が、下の道路の反対側にあるので、ここに出雲阿国の塔をつくったのはわかる。

しかし、なぜここに神社が?

出雲手斧神社 島根県出雲市大社町杵築北2843−13

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神社の後ろの外には、白龍大神も祀られている。

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出雲手斧神社の祭神

ここの由緒を読むと
工匠(こうしょう)の祖神である手置帆負命(ておきほおいのみこと)彦狭知命(ひこさしりのみこと)は、天照大御神の御殿や出雲大社を造営したという。

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あまり、耳慣れない神名ではあるが、神魂命の孫の神である。下の図は、紀氏の末裔の「望月系図」である。4世孫、5世孫に登場する。

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『出雲国風土記』(733年)にも楯縫郡のところで杵築大社創建神話に、彦狭知命は別名「天御鳥命」の名で登場する。楯を造る楯部ということになっている。つまりは、鉄工技術者というか、鍛冶屋である。

〝楯縫と名づけるわけは、神魂(かむむすひ)命がおっしゃられたことには、「わたしの十分に足り整っている天日栖宮(あめのひすみのみやの縦横の規模が、千尋(ちひろ)もある長い栲紲(たくなわ)を使い、桁梁(けたはり)を何回も何回もしっかり結び、たくさん結び下げて作ってあるのと同じように、この天御量(あめのみはかり)をもって、所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)の住む宮を造ってさしあげなさい。」とおっしゃられて、御子の天御鳥(あめのみとり)命を楯部として天から下しなさった。そのとき天御鳥命が天から退き下っていらして、大神の宮の御装束としての楯を造り始めなさった場所がここである。それで、今にいたるまで楯や桙を造って神々に奉っている。だから楯縫という。〟(島根県古代文化センター編 『解説 出雲風土記』 今井出版)


出雲阿国との関係

出雲阿国とこの祭神とどう関係するかであるが、赤山家文書(『出雲と蘇我王国』大元出版 巻末資料)の中にあった。出雲大社の祭事が記録してある書物である。(太字強調は私)

〝…前略…また3月・8月の両度の祭礼御賑わいとして、大鳥居芝居小屋で芝居興行があった。興行中に御両家とも、ご家族様の御観(夜間興行のみ)があった。このとき芝居方より、中村門五郎(鍛冶屋小路門鍛冶屋という)が羽織袴でお迎えに参殿ご案内をなし、…中略…なおまた祭礼御賑わいの芝居興行の、打ち止めの夜の興行は、俗に門鍛冶屋芝居と称え、この夜の木戸止り6日はことごとく皆、中村門五郎の所得である。これは同家が、歌舞伎芝居の元祖・出雲阿国の生家だからである。…以下略…〟(※ 「御両家」とは、北島・千家国造家のこと)

つまりは、出雲阿国の生家が鍛冶屋であったため、鍛冶屋の、つまりは工匠の祖神である手置帆負命と彦狭知命を祀るという関係が生じてくる。







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by yuugurekaka | 2021-09-04 19:25 | Trackback | Comments(0)