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売布(めふ)神社と林郷

古代は、当然ではあるが、自動車も無く移動の手段の主なるものは、船であったと思われる。
玉造の勾玉も全国で発見されるが、歩いて持ち運んだということよりも、むしろ船で運んだと考える方が自然である。
現代人の感覚から物を考えると現実とは違うことも多々あるのではないかと思う今日このごろだ。

林古墳群のある宍道湖ふれあいパークから見える鼻高山附近    写真が間違っていまして、替えました。

売布(めふ)神社と林郷_e0354697_08581191.jpg


松江市の市街地にある売布神社は、奈良時代には林郷(拝志郷)にあったという伝承がある。
「古代出雲への道」 更新しました。→ (6) 売布神社 拝志郷

かなりの距離の移動だ。
しかし、売布(めふ)神社のみならず、たいがいの神社の場所は変わっている。
現在の神社の位置から、古代を想像すると何かしらの間違いも発生するのではないか。

伝承では、玉造の近くの鏡近くにあったそうである。
近くには、約50基の古墳がある林古墳群がある。古墳の形状の構成が面白い。
ほとんどの古墳が小さな円墳であるが、最も大きな古墳が8号墳で、唯一の方墳である。

林古墳群  画像出典『玉湯なんでも大事典』(玉湯町教育委員会発行)

売布(めふ)神社と林郷_e0354697_09484291.jpg

そして、出雲国で最初の横穴式石室とされている43号墳が前方後円墳で、その近くに3基の前方後円墳ある。(計4基の前方後円墳)
古墳時代にどういう氏族が分布したのか、奈良時代の状況から、円墳でない古墳が出雲臣、林臣と仮定するのはたやすいが、氏族分布も古墳時代そのままであったのかどうかそれも定かではない。

歴史は動く。氏族分布も変わっていても不思議は無い。


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by yuugurekaka | 2021-02-28 10:40 | 賣布(めふ)神社 東遷の謎 | Trackback | Comments(0)