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えびす神の謎 ④ 吉野裕子説

■ 祖神を蛇とする信仰  事代主命と蛭児大神の同一性

1)蛭児神の記述

三年たっても足が立たなかった。

〝蛭は環形動物に属し、その身体は環節から成り、四肢がなく、伸び縮みによって前進する。従って足が立たないのも当然で、初めから足などないのである。四肢がないこと、また動きが屈伸によることも蛇に相似である。日本の古典の作者、あるいは私どもの先人達には一つの癖があって、蛇を暗示するときにはまず足に触れることが多い。私見によれば稲田の守り神、カカシは蛇の古語「カカ」を内在させる蛇神であるが、『古事記』にはこのカカシはクエヒコとして記され、その特質は、「この神は足は行かねども、ことごとに天の下のことを知れる神なり」〟(吉野裕子著『神々の誕生』岩波書店)

2)事代主命の伝承、祭祀

事代主命が、妻問いし、家に帰る時鰐に足を咬まれる伝承を時代別に考察したが、そもそもの原理についてはわからなかった。
吉野裕子氏は、「祖神を蛇とする信仰に由来するが、その蛇を表面上から伏せてしまうために、苦肉の策として考え出された。」という説を書かれている。

〝一方、鶏が時を間違えて早く鳴いたがために祖神があわてて櫂を忘れ、足で漕いでフカに食われ、足を損傷した、そのために氏子は卵を食べないという伝承は、理屈の上からは殆ど成り立たない。つまり鶏が憎ければ鶏の生む卵などは大いに食べた方がいいわけである。要するにこれは蛇の好物の卵は口にしないというタブーが元来あって、それが足の損傷の伝承と抱き合わせになったものであろう。卵のタブーも、一本足の擬きも、ともに祖神を蛇とする信仰に由来するが、その蛇を表面上から伏せてしまうために、苦肉の策として考え出されたのが、この鶏鳴と、祖神の足に関わる伝承ではなかろうか。〟(吉野裕子著『神々の誕生』岩波書店)

野村五松『美保神社旧記・乾之巻』では、フカとなっている。事代主命の足を喰うのは、鰐(サメ)であったり、そに重要性はないのかもしれない。
「この故事にもとづいて青柴垣神事において、神船が宮灘につけば、老巫女は片足を垂らし、片足を折り曲げて負われて宮に上がった。」(野村五松『美保神社旧記・乾之巻』)

3)エビス神像

エビス神像は、西宮神社の御像賦のように左脇に鯛を抱き、右手に釣竿を持ち、三角形の鳥帽子をかぶる姿である。これは当然蛭ではなく、事代主命を想像させる。だから、仮説として国学の影響で、江戸末期にエビス象は事代主命に統一させられたのではないかという説もある。

しかし、最も古いエビス神象の表記として古い、岩清水八幡宮に残された長寛元年(1163年)の文献『岩清水文書宮寺縁事抄』、「普通夷ノ如シ魚持之三郎殿」という文字もあり、戦国時代の『日吉記』に「夷三郎殿、俗形立鳥帽子、以上両社東向、建之」とあり、現在に見られるエビスさんの姿は初めの段階で確立されていたように思われる。

西宮神社の御像賦(おみえ)(西宮神社蔵)
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〝蛇、とりわけ毒蛇の頭部は三角なので古代日本人は三角の形をした「ホオヅキ」の実莢を蛇の頭部に見立てている。〟〝大黒の丸い、いわゆる大黒帽に対し、エビスのそれはまさに対照的に三角の鳥帽子で、恐らく蛇の頭部を象ってのことであろう。〟(吉野裕子著『神々の誕生』岩波書店)
時にエビスさまは、脚が片足で不自由で、また、耳もよく聞こえずというように言われる。
〝即ち、聾は解字すれば「龍の耳」。龍はつまり蛇で、蛇には耳が無いので、「蛇の耳」とは要するに「聴力」のないことを指す。〟(吉野裕子著『神々の誕生』岩波書店)

えびす様は、耳がよく聞こえない⇒蛇神ということで、サイノカミさんが頭に浮かんだ。伯耆ではサイノカミさんに、底に穴のあいた椀やわらじを備えるところがある。耳の病を治す神、健脚の神というように言われているが、出発点は、もしかしたら蛇神というところから来ているのではないか。

■ 竹の異名

〝また、正月の「今宮戎」の祭りに、福笹として竹が登場することも見逃せない。
 『事物異名類編』をみると、竹の異名として「蛇祖」と記されている。筍は雅竜・竜孫などとも称されるから、竹の一種としての笹も、当然、その同類とみなされ、蛇のシンボルとして祭りの執物とされているに相違ない。〟(吉野裕子著『神々の誕生』岩波書店)

『事物異名類編』  荒井緑橋編 文久元年(1861年)刊
68ページ
事物異名類編7巻 国立国会図書館
〝蛇、とりわけ毒蛇の頭部は三角なので古代日本人は三角の形をした「ホオヅキ」の実莢を蛇の頭部に見立てている。〟〝大黒の丸い、いわゆる大黒帽に対し、エビスのそれはまさに対照的に三角の鳥帽子で、恐らく蛇の頭部を象ってのことであろう。〟(吉野裕子著『神々の誕生』岩波書店)
時にエビスさまは、脚が片足で不自由で、また、耳もよく聞こえずというように言われる。
〝即ち、聾は解字すれば「龍の耳」。龍はつまり蛇で、蛇には耳が無いので、「蛇の耳」とは要するに「聴力」のないことを指す。〟(吉野裕子著『神々の誕生』岩波書店)

えびす様は、耳がよく聞こえない⇒蛇神ということで、サイノカミさんが頭に浮かんだ。伯耆ではサイノカミさんに、底に穴のあいた椀やわらじを備えるところがある。耳の病を治す神、健脚の神というように言われているが、出発点は、もしかしたら蛇神というところから来ているのではないか。

美保神社 ご神竹

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■ 陰陽五行説 

1)夷三郎

〝「夷」とは『説文解字』によれば「東方の人」とあり、「海外」の意ともされる。従ってこの「夷」を神霊化すれば、「東方の神」となろう。〟
〝蛭は環形動物で四肢がなく、その動きは屈伸により、生態は蛇に相似である。〟
〝五行は生物を五虫といって、 鱗・羽・ 裸(本の記述ではにんべん)・毛・介の五種に分けるが、この五種はそれぞれ、木・火・土・金・水の五行に還元される。ところで、木気の本性は「曲直」。屈伸してどこまでも伸びていく象である。鱗族とは魚類・蛇など鱗をもつ生物の称であるが、その特質は曲直・屈伸してどこまでも行くことである。この木気の方位は「東」。色は「青」。東方の守護神を「青竜」とするのは、ここに基づいている。〟
〝「夷」即ち「東方」は「木気」である。この「木気」は水・火・木・金・土の五行生成順では第三番目に当たる。〟(吉野裕子著『神々の誕生』岩波書店)

2)正月と十月の祭祀

『えびす信仰事典』(吉井 良隆 編集 戎光祥出版)には、全国の祭礼日が載っていたが、正月と十月が多い。美保神社の「七日えびす」という祭礼日は特殊なようである。同じ正月でも、「十日えびす」ばかりではなく、1月20日も結構多かった。なお『雲陽誌』(出雲国の地誌)には、3月の祭礼がいくつか載っていた。

〝しかし、そのなかで代表的な組み合わせはこの記録にもあるように、正月・十月の組み合わせである。正月は寅 十月は亥 この組み合わせを五行でみると「木気の支合」ということになる。つまり、五行の法則の中に「支合(しごう)」ということがあって、十二支の各支は定まった支と互いに結合し、その結果、新たな五気が化生するという法則である。〟
〝エビスの祭りが「亥・寅」の組み合わせで、木気が生じる祭りであることは偶然ではない。これはエビスの本性の木気を、この祭り月の組み合わせによって強化しているとしか思われないのである。木気の強化とは福神としての蛇の霊力の強化ということである。〟(吉野裕子著『神々の誕生』岩波書店)


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by yuugurekaka | 2020-08-01 10:52 | 美保の事代主命 | Trackback | Comments(0)