国譲り神話と出雲大社創建(1) 出雲族とは

子どもの頃から出雲大社に初詣に行っていたが、
弥生時代に国譲りのような事件があったのだろうなということを長い間信じていた。
仮に作り話であったにせよ、先住民族として出雲族というものが、国造りをしてきたということを表しているんだなあと思っていた。

──その、「出雲族」であるが説明するのが、結構難しい。
出雲国に住んでいる氏族かというと、そうではない。出雲族は京都や奈良や関東や九州にも分布していた。例えば、『新撰姓氏録』(815年)に見られる京都の出雲氏である。全て天孫の天穂日命の子孫と書かれている。

左京  神別 天孫 出雲宿祢  天穂日命天夷鳥命之後也
左京  神別 天孫 出雲     天穂日命五世孫久志和都命之後也
右京  神別 天孫 出雲臣   天穂日命十二世孫鵜濡渟命之後也  
右京  神別 天孫 神門臣   同上
山城国 神別 天孫 出雲臣  同神子天日名鳥命之後也  
山城国 神別 天孫 出雲臣  同天穂日命之後也。

写真は京都の賀茂川。京都の賀茂川の西側には、平安時代出雲臣が分布したであろう。

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出雲の神ー大国主命や事代主命の子孫の氏族として説明するのが一番良いと思えるが、上記のように、出雲国には、天穂日命の子孫はいても大国主命や事代主命の子孫はいないとされている。
だが、大和には居た。『新撰姓氏録』には、大国主命や事代主命の子孫を標榜する氏族が記述されている。

天神  飛鳥直     天事代主命之後也  
地祇  大神朝臣   素佐能雄命六世孫大国主之後也
地祇  賀茂朝臣   大国主神之後也 
地祇  和仁古    大国主六世孫阿太賀田須命之後也  
地祇  長柄首    天乃八重事代主神之後也

長柄神社(ながらじんじゃ)本殿  奈良県御所市名柄271
現在の祭神は、下照姫命 である。

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出雲国に大国主命や事代主命の子孫がいなくて、大和国に子孫がいるとはいかなることか。

『日本書紀』の記載では、国譲りの後の神武天皇の東征の後、事代主命の娘が皇后となり、事代主命の子孫が代々の天皇の皇后となっていく記述がある。こういうことを考えると、出雲VS大和の構図がそもそもどうなのか、疑問が出てくる。

だから、出雲国は大和の北西(黄泉の国)に位置したので、たまたま神話の舞台に選ばれたに過ぎないという説が有力であった。
あんな田舎の場所で、大型の古墳も発見されないような場所に、王朝があるはずがないというのが、戦後の定説である。


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Commented by valmalete2 at 2018-09-28 00:34 x
こんばんは。
現代の遺伝子の技術の進化によって、人のハプログループ (Y染色体)の遺伝子分類が出来るように
なりました。東北と同様に島根県の出雲地方は縄文系のDのグループが非常に多いことが
分かっています。新撰姓氏録が正しかったら縄文系の遺伝子が壊滅的であるはずですし、
新撰姓氏録は、一体・・・
ハプログループDは、日本列島、アンダマン諸島、チベット高原などで高頻度に
観察されるほかはアジアの極めて限られた地域でしか見つかっていないものです。
富家のインドkからの渡来伝承を裏付けるルート上にこのグループが存在していて
面白いです。
Commented by yuugurekaka at 2018-10-03 11:08
> valmalete2さん

そうですか。出雲もハプログループDが多いですか。
日本人は、中国の漢族や朝鮮半島の人たちとは、ハプログループ (Y染色体)の構成が違うんですね。
それと、東北地方やアイヌや沖縄が、ハプログループDの頻度が多くて、不思議な感じがします。

ダライラマ14世がテレビに出ると、何か日本人に近いものを感じるのです。でも、チベット人は、同じハプログループDでもD1bの姉妹型D1aで、日本人とは違う型なんですね、

こういうのをどう観るかですかですが、いろいろな説があって、今は、何が本当なのやら、難しいですね。

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by yuugurekaka | 2018-09-07 23:53 | 出雲と大和 | Trackback | Comments(2)