野城大神の謎(2)  能義郡は能美郡か

■切川神社の御由緒

『神国島根』(島根県神社庁 発行 昭和56年4月29日発行)の切川神社の御由緒を読んでいて、おやっと思えるところがあった。
「もと能美神社と称し祭神は野見宿禰命菅原道真公の二神なり。」「此の辺地名を天神原と申して野見宿禰命の霊所と言い伝う。昔御領地にて能義郡と言う説古書に見えたり。

切川神社(きりかわじんじゃ) 島根県安来市切川町1150番 
主祭神 野見宿禰命・菅原道真
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これだけの文章だと、「御領地」は、だれの御領地(直轄地)と解するかわからないが、文書の流れから考えると野見宿禰の御領地で、野見郡→能義郡となったのではないかと、思える。

切川神社本殿

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『出雲鍬』(18世紀中頃)の能儀郡の箇所で「能儀郡ト云ハ 或書二能美郡トカケリ、予按二義ト美トハ同内相通ナレハニヤ、但両字の形ヨク相似タレハ後写ノ誤カ、然共延喜式ニモ須カ和名抄ニモ能義郡ト書タリ、去ハ義ノ字二シタカハンモノ也、古者意宇郡ノ中也ト見タリ」
また、『雲陽誌 巻之四』(1717年)には、「能義郡 或書に能美之郡に作、義と美と相通なれはにや、按に兩字の形よく相似たれは後寫のあやまりならむか」「古老相傳松井村に野城明神の社あり、是をもつて郡の名とせり」

つまり、能美郡(のみぐん)は、「のぎぐん」とも読む、「美」と「義」の両方の字は、似ている、能義は写し間違いなのかとの説もある。また、古老の伝承では、能義神社の野城大神(のきのおおかみ)から、のぎぐんになったということとも。

『和名類聚抄』の郡名の記載

平安時代中期に作られた辞書『和名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)の能義郡記載の箇所を見ると、出雲国の郡名のみ表記のところには、「能義郡」と記載してあり、読みなのか?小さく「乃木」と書かれてある。ああ やっぱり能義郡なのかなと思いきや、郷名記載の場所には、「能美郡」と書かれてある。ええっ? 国立国会図書館デジタルコレクション 和名抄
四巻第七にはこのようになっている。

能美郡

  舎代 安來 楯縫 口縫 屋代

  山國 母理 野城 賀茂 神戸


郷名に「野城郷」がある。それが郡名の由来なら、郡名は「野城郡」のはずだと思う。なぜならば、「出雲郡」「飯石郡」には、郷名にそれぞれ「出雲郷」「飯石郷」がある。郡名と名を違う漢字で書く必要もない。おそらく別の意味があったのだろうと思う。


出雲

  建部 漆沼 河内 出雲 許筑

  伊勢 美談 宇賀

飯石

  能石 三屋 草原 飯石 多禰

  田井 須佐 波多 


■各地の能美郡・能美郷

能美郡は、出雲国だけではなく、石川県南部の加賀国にもある。加賀国は、弘仁14年(823年)に越前国から分離したものだ。

能美郡

  野身郷・加美郷・也万加美郷・也万之多郷・兎橋郷


ここも野身郷から由来して能美郡となったとする説があるが、はたしてそうなのであろうか。

ここの野身郷にしても能美郡にしても、野見宿禰に関係しているとは式内社の祭神からもどうも思えない。


他に、この「能美」の漢字を当てた郷名が古代地名に存在する。   


因幡国高草郡能美郷   現 鳥取県    

安芸国豊田郡能美郷   現 広島県

肥前国藤津郡能美郷   現 佐賀県


それで、野見宿禰に由来しているかと調べると、確認できるのは式内社大野見宿禰命神社(鳥取市徳尾)が存在する因幡国高草郡能美郷のみである。だから、ここ出雲国能美郡が、野見宿禰に由来しているという説があっても不思議はないと思うのである。


by yuugurekaka | 2017-11-19 08:26 | 野城大神