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『稲羽の素菟』(12) 鷺大明神の謎 ① 古事記伝

国学者 本居宣長は、古事記伝(1798)神代八之巻【稲羽ノ素菟の段】にて「鷺大明神」(さ

ぎだいみょうじん)について述べています。


伯耆ノ国人の云く、本国八橋郡束積(ツカツミ)村に、鷺(サギ)大明神と云あり。須佐之男ノ命を
祭ると云。同村に大森大明神と云あり。大穴持命を祭ると云。件の両社の神主細谷(ホソヤ)大和と云。
さてその鷺大明神を疱瘡(モガサ)の守護神なりと云て、そのわたりの諸人あふぎ尊みて、小児の疱瘡
の軽からむことを祈る。(中略)此れ因幡の気多の前とあるには合ハざれども、若シは菟神は此の社に
て、鷺とは、菟を誤りたるならむか。疱瘡を祈るも、此の段の故事に縁あることなり。(後略)
※下線は私。 
                 (本居宣長撰 倉野憲司校訂『古事記伝 (三)』 岩波書店)

伯耆の束積の鷺大明神は、現 束積の中山神社の境内地の摂社としてあるわけですが、須佐之男ノ
命を祭ると云い、疱瘡の守護神なのだそうです。そして、この「鷺大明神」を、「菟(うさぎ)を
誤ったのではないか?」と書いているのです。「うさぎ」⇒「さぎ」へとの転訛というわけです。

転訛というので、自分がふと浮かんだのが、ここ
束積
に建てられた「素菟神社」ですが、
須佐之男
が祭られる「
素鵞(すが)神社
」の文字です。須賀神社とも書かれます。
誤ったという可能性のひとつとして思い浮かんだだけです。

しかし、鷺大明神を祭っているから、白兎神伝承の地であるというようには、本居宣長は書いては
いません。私は、
元々は
白兎神伝承と
鷺大明神は別物だと思います。

そもそも、
この
疱瘡(ほうそう)=天然痘の概念が、弥生時代には存在せず、日本に伝染していた
ことが後代のこととされています。⇒ ウィキぺディア 天然痘

ウィキぺディアからの引用です。
〝日本には元々存在せず、中国・朝鮮半島からの渡来人の移動が活発に
なった6世紀半ばに最初のエピデミックが見られた
 と考えられている。折しも新羅から弥勒菩薩像が
送られ、敏達天皇が仏教の普及を認めた時期と重なったため、日本古来
 の神をないがしろにした神
罰という見方が広がり、仏教を支持していた蘇我氏の影響力が低下するなどの影響が見られた。
 『日本書紀』には、「瘡(かさ)発(い)でて死(みまか)る者――身焼かれ、打たれ、摧(砕)
かるるが如し」とあり、
 瘡を発し、激しい苦痛と高熱を伴うという意味で、天然痘の初めての記録
と考えられる(麻疹などの説もある)。585年
 の敏達天皇の崩御も天然痘の可能性が指摘されている。〟

鳥取県・伯耆地方には、
束積以外も、鷺の神を祭る神社があります。
 
鷺神社  鳥取県西伯郡南部町倭3番 賀茂神社境内社

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南部町の賀茂神社境内社 鷺神社ですが、『鳥取県神社誌』(昭和10年)によれば、
もと雲伯の

国境渡太ノ峠と称する所に鎮座し古来疱瘡神として信仰厚く旧藩主池田氏の祈願所なりしと云いま
す。 ※
雲伯は、出雲国と伯耆国。

賀茂神社 本殿の「波乗り兎」  
鳥取県西伯郡南部町倭3番 

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南部町の賀茂神社本殿には、波乗り兎が彫られています。境内社鷺神社との関係なのか、あるいは
関係なく白兎神伝承地なのか、定かではありません。

鳥取県・因幡の国にはないのか調べて見ますと、高草郡に
天日名鳥命神社 という式内社があり、「
天鷺の宮」と呼ばれているらしい。
天日名鳥命は、天穂日命の御子で、日本書紀での
稲背脛命と同
神とされています。
ただ、ここの
鷺(サギ)は、
天三祇宮(アマサギノミヤ)=
天日名鳥命、天穂日命、天日鷲命の三神
を祭ることから由来するという説もあるらしい。

天日名鳥命神社  鳥取県鳥取市大畑字森崎874

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天日名鳥命神社 拝殿


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賀茂神社のように白兎に関係する彫り物がないか見てみましたが、何もありませんでした。

さて、本居宣長は、古事記伝
神代八之巻で、鷺大明神が白兎神に関係がないのか考察しながらも、
最後の追加考察で、そのことを否定する現・松江市の神魂神社神主から聞いた話を載せて
います。

"おひつぎの考

 菟神。出雲ノ国意宇ノ郡大庭神魂ノ社ノ神主秋上ノ得國云ク、素菟神は、今も因幡ノ國高草郡の海
 邊内海村に、白兎ノ社とてあり。今は高草ノ郡なれども、氣多ノ郡に並ビて、氣多の崎の内なり。か
 の伯なる鷺大明神と云は、出雲ノ大社にも同ジ名の社有て、疱瘡を祈る神なり。菟神は其れには非
 ず、といへりき。"        ※下線は私。                
                 (本居宣長撰 倉野憲司校訂『古事記伝 (三)』 岩波書店

神魂神社神主秋上氏が云うところの出雲大社の社とは、
大穴持伊那西波岐神社(
出雲市大社町
鷺浦)
のことで、現在も
鷺大明神とも呼ばれています。
「菟神は其れに非ず」ということですけれど、稲背脛命が主祭神ですが、白兎神も
配祀されています。
うーん。
しかし、おそらく、さぎ⇒うさぎか、うさぎ⇒さぎのどちらかわかりませんが、長い歳月を
かけて、
習合したんではないのかなあと思います。

出雲地方にも鷺神社があるかと思い出しますと、そんなに見かけません。近代医学の発展で、
「疱
瘡の守護神」がいまや必要なくなったためか、元々少ないのかわかりませんが、松江市の忌部神社
の境内
社にありました。

忌部神社境内社 鷺神社   
島根県松江市東忌部町957


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by yuugurekaka | 2017-05-29 07:00 | 因幡の素兎 | Comments(0)