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天照らす 高照姫命 (3)  出雲の起源

■ 高照姫命は、イザナミ命のモデル?


海部氏勘注系図および先代旧事本紀の系図を見て、私が強烈に思うのは、天火明命と高照姫命の二人が、ヤマト王権の始原というものであって、高照姫命が、海部氏・尾張氏・紀氏、またその後継の蘇我氏、阿部氏等の古代豪族の母祖神であるということです。


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しかしながら、高照姫命という女神は日本書紀に出てもきませんし、古事記では、下照姫命の別名「高姫」となっており、戦後の古代史学者が、「下照姫命と同神」としており、全く存在感がありません。


いわゆる葛城王朝の豪族の母祖神であるが故に、イザナミという国土創生神にされてしまったのではないか…と、いうのが私の想像するところです。だから、東出雲の方には、イザナミ信仰なるものがあり、島根県と鳥取県の県境や島根県東部と広島県の県境の山にイザナミ御陵なる伝承地が集中してるのだと思います。


黄泉平良坂(よもつひらさか) 松江市東出雲町揖屋


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その上の、高照姫命の母の宗像三女神とも考えれるのかもしれませんが、「黄泉比良坂」の伝承地が松江市東出雲町にあることを考えると、高照姫命をモデルとしているようにしか思えないのです。


しかし、国土創世の神が死ぬのか…?、ここが、理解に苦しむところですが、他にも私が、釈然としないのは、①素戔嗚命の八岐大蛇退治(出雲の神様を切ってもいいのか?)②国譲り神話(ヤマト王権を共に造っていてヤマトに国譲りもなかろう)と、③黄泉比良坂の話です。


の話をここで展開すると、ややこしくていけないのでまたの機会に譲ります。


火の神を生んで―カグツチー、あれは、天香具山命ではないかと思うのです。天香具山命は、奈良の葛木坐火雷神社の祭神で製鉄の神でもあります。高照姫命は、出産でなくなったわけではなくて、丹後風土記に母子で登場してきます。たぶん、亡くなった場所はたぶん丹波でしょう。


一方のイザナギ命のモデルになった、天火明命は、母子を残して、ぴゅーんと九州の宗像族を頼って行き、九州を開拓したのでしょう。

詳しくは 過去の記事 ⇒  黄泉平良坂の考察 (2)  イザナギとの離婚



黄泉比良坂近くにある神社、揖屋神社ですが、日本書紀 斉明五年(659)のところで出てくる「言屋社」比定地でもあり、かなりの古社です。『出雲国風土記』意宇郡の条の在神祇官社「伊布夜社」の比定地でもあります。


この「揖屋」ですが、もともとは「いや」ではなく「いふや」だったのでしょう。


現在の祭神は、伊弉冉命、大巳貴命、少彦名命、事代主命です。元は東出雲王家の系統の神社であったのではないかと自分は思います。この揖屋神社は、日本書紀斉明天皇の条で、天子の死の予兆として描かれております。「黄泉比良坂」といい「揖屋神社」といい「死」というものと関連付けられています。



このことは、通説的には、大和から見て日が沈む西の方向に出雲地方があるため、「黄泉の国」として位置づけられたのではないかと云われていますが、私思うに、これは「東の(事代主系の出雲王家)出雲の王朝は滅びた、死んだ。」ということを、述べている「隠喩」ではないでしょうか。



揖屋(いや)神社 島根県松江市東出雲町揖屋2229

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揖屋神社の境内社を見てみます。元々は、揖屋神社とは独立した「伊布夜社」の比定神社ですが、揖屋神社本殿の向かって右手にある三穂津姫神社です。

日本書紀では、大物主命がタカムスビ命に大和服従の意思を示すために、押し付けられた姫神ですが、元々は出雲風土記に見られる奴奈川姫命の間に生まれた御穂須須美命だったのかもしれません。


三穂津姫神社

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本殿の向かって右手にある韓国伊太氐神社(からくにいたてじんじゃ)です。これまた、別の「伊布夜社」の比定神社ですが、今の祭神は、素戔嗚尊と五十猛命ですが、一般的には五十猛命を祭るのが多いですが、五十猛命=天香具山命、高照姫命の生んだ子です。

本殿の祭神、仮にイザナミのモデルが高照姫命であったとすれば、事代主命、高照姫命の兄妹の両脇を子供たちが囲む格好になっているように思えます。

韓国伊太氐神社
                       
                       
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■ 出雲の発生源

「出雲郷」の地名表示

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揖屋神社から西方に行くと、「出雲郷」の地名に出合います。松江市東出雲町出雲郷ですが、これは「いずものさと」「いずもごう」でもなく、「あだかえ」と読むのです。

それは、すなわち、出雲郷に阿太加夜(あだかや)神社があるからです。
現在、出雲市や出雲大社などが、出雲国(奈良時代の行政区分)西部にあり、出雲の地名の本源地が、西部だと一般的に思われており、自分も長らくそう思っていましたが、鳥越憲三郎著『出雲神話の誕生』や富家伝承本を学習するにつれて、「出雲」の発生源が東部(現在の松江市)だったのではないかと思うようになりました。

阿太加夜神社  島根県松江市東出雲町出雲郷587


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出雲郷にある阿太加夜神社ですが、『雲陽誌』(1717年)は「大穴持命の御子阿陀加夜怒志多伎吉比売命は神門郡多岐に坐となり、今此里に阿太加夜社勧請なるへし」と現在の出雲市多伎町の鎮座する多伎神社から勧請したというような説明をしています。

しかし、『出雲国風土記』(733年)には「阿太加夜社」として、既に載っており、本当に勧請されたものかは疑わしい感じがします。
阿陀加夜怒志多伎吉比売命(あだかやぬしたききひめ)について、奥原碧雲著『島根県秋鹿村誌』(大正11年)には、高姫命(亦名下照比売 亦名稚国玉神 亦名阿太加夜奴志多岐喜比賣 亦名大倉比売)と書かれております。まあ下照姫命も書かれていますが、古事記で同神と書かれているのでそれで同神となっているんだと思います。

富家の伝承本では、阿太加夜奴志多岐喜比賣は、多岐津姫だということになっています。
海部氏勘注系図および先代旧事本紀では、高照姫命は、多岐津姫命の娘となっていますので、母と娘で一緒に住んでいたのかもしれません。

出雲市多伎町に分布する同じ祭神は何をあらわすか?と考えてみました。妻問婚のルールからすると、事代主命や高照姫命は、筑前の母族で育っていくはずですがそういう感じが全くしません。となれば、宗像族というのは、出雲族と半ば同族化して、いろいろな場所
に、領地というか、宗像族が住んでいたことになるのでしようか。

仮に阿太加夜奴志多岐喜比賣=高照姫命だとすると、これが大和葛城王家の母祖なので、「稜威母(イズモ)」となったのではないか…。 
しかし、これは漢字から読んだ語源説なので、漢字とは新しいもので、違うような気もします。

出雲の説には、いろいろな学者が、いろいろな説を立てておりますが、あまり、自分には腑に落ちたものではありませんが、今の所、高照姫命が始原というか、大和から見た母祖ということが、「イズモ」に関係しているのではないか…という気持ちが強いです。

続く


別サイトで 高照姫命のまとめ記事作りました! → 高照姫命と出雲族

出雲の起源について、自分の別の説も書いています。→ 【出雲の起原】 天甕津日女命は神魂伊豆乃賣神か。




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Commented by いずめ at 2016-12-21 11:29 x
こんにちは。
長髄彦の妹の三炊屋媛が饒速日命の妻となった、、、という話の「三炊屋媛」が、高照姫ではないかと、、、。
いず―み 水が出るところ
いず―め 芽がでる
いず―も 母の出身、、、なるほど。
Commented by valmalete2 at 2018-10-02 00:56 x
こんばんは、参考までに

出雲郷と書いてアダカエの地名は秋鹿にもあります。秋鹿の高祖寺のあたりです。
長門の大津郡向国郷であった場所に、日御碕神社から勧請された御崎神社がありますが、
その神社には高照光媛が祀られています。
Commented by yuugurekaka at 2018-10-03 10:48
> valmalete2さん
そうですか・・・。秋鹿の高祖寺のあたりにも、アダカエの地名がありますか。
知りませんでした。
また、注目して調べて見ようと思います。
Commented by たぬき at 2018-10-19 15:36 x
揖屋。、、、熊野(イヤ)。
熊野大社の祭神は出雲王国の王家が物部侵攻~出雲平定により王宮(現在の神魂神社。本殿はいにしえの王宮殿そのままの姿だと伝わる)から退去したのちに移り住み、出雲王国の国教、幸之神三柱+龍蛇神。を祀ったのが始まり。
幸之神三柱の最高神(父神)が久那斗大神。コレがイザナギ大神に改変され、
后神(母神)の幸姫之命/サビメ大神(水神。また、太陽の女神。豊穣の女神)がイザナミ大神に改変。
御子神の猿田彦大神は出雲の祖神としてのスサノオの尊ほかに改変されました。
因みに、日本の八百万神はこの幸之神三柱がバブルしたもの。
また、出雲族の姫をイザナミと言ったり、
また、出雲をイザナミで比喩したり、、、(その際のイザナギは渡来人/天皇家の祖先神)
Commented by valmalete2 at 2018-10-20 00:55 x
こんばんは。
阿太加夜奴志多岐喜比賣の高野宮ですが、式内社としては内神社になります。
高媛は、風土記社の阿之牟社(アシム)を指していると考えています。
カヤシマ神社では、天照高媛ですね。
実はコレが重要で、宇佐神宮の姫神は、安心院(アシム)神社の玉依媛と言われています。
安心院には古い佐田神社も鎮座しています。
コレに関連して,日向神門美良媛はクシヒカタの奥さんでした。南九州にも
豊後や日向に大国主神話があるように、諏訪神の末裔や神門氏が展開していたようです。

Commented by たぬき at 2020-05-15 23:44 x
イズモの国は後世の呼称で、彼らはみすからをイズメの国と号した。
イズメは「出芽」
冬枯れの寂しい風景から春先に目にも鮮やかに草木の芽が出で繁茂して行くおめでたい(芽出たい)コトバ(出雲古語)
万歳三唱もイズメ🙌イズメ🙌イズメ🙌
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by yuugurekaka | 2016-12-11 06:00 | 天照らす高照姫 (天道日女命) | Trackback(7) | Comments(6)