2016年 11月 27日
天照らす 高照姫命 (1) 伯耆 蚊屋島神社 鳥取県西伯郡日吉津村日吉津354
お隣の鳥取県にある日吉津村(ひえづそん)に行ってきました。
日吉津村は、米子市に囲まれた鳥取県唯一の村です。
イオンモール日吉津もあり、映画も松江市よりはいろいろ見れたり、お笑い芸人もよく来たりしますので、若い人たちは松江市からもよく行くようです。
日野川の流域の東側に位置します。
最近雨ばかり降っていましたが、久しぶりに雨が止みました。しかし、曇り空でした。
日野川の土手から、大山(だいせん)を写しましたー。

なぜに私は日吉津村に来たのかという理由です。
このごろは、斎木雲州著『出雲と大和のあけぼの』を神社・遺跡巡りのガイドブックにしています。
その本に、出雲国造神賀詞(かんよごと)に出てくる神様、「賀夜奈流美命」のことが載っていまして、鳥鳴海命(9代目大穴持)が日吉津村の地名である「蚊屋」に祀られたから、賀夜奈流美命とも呼ばれるようになったと書かれていました。
なお、賀夜奈流美命=高照光姫命という説もあります。(三輪叢書 昭和8年)
大神神社では、賀夜奈流美命は高照姫命ということです。
賀夜奈流美命は、大和の飛鳥坐神社の祭神でもあり、その祀られている神社が、日吉津村の蚊屋島(かやしま)神社だというので、参拝したくなり来てみました。かなり立派な社殿でした。

現在の祭神です。
祭神 天照皇大神、高比売命(たかひめのみこと)
合殿=豊受姫命、大年神、天萬栲幡豊秋津姫命、天手力雄命、天若彦神
合祀=級長津彦命、月夜見命、猿田彦大神、神倭姫命、天太玉命、素盞鳴尊、大己貴命、事代主神、金山彦神
しかし、残念ながら、現在は「賀夜奈流美命」の名前は見えません。
おかしいなと思い、過去の事柄が載っている『鳥取県神社誌』(鳥取県神職会 編 昭和10年発行)を見てみました。

“創立年代詳ならざれども、当社は旧天照高比売命を祀りしとの口碑あり。
然るに社領証文を始め棟札及び神主裁許状などによれば日吉津村大神宮とも伊勢宮とも、又後には天照皇大神宮とも記して、専ら天照皇大御神を祀りしが如くに見ゆ。
是れ天照の字に泥み天照大御神と思ひ誤りて大神宮とも伊勢宮とも唱えしものか。
此故にや美濃村舊家進氏の雑集紀に「日吉津大神宮の祭神往古と今と相違有之」と云えり。
かく祭神に相違を来たせしも古よりの口伝の捨て難くてか、嘉永の社帳以後は天照高比売命をも合せ祀りしものと思はる。
伯耆誌に「郡中顕要の社なり社殿に祭神 天照大御神豊受姫命と記し、衣川氏の作るれる祝詞も(田蓑日記に見ゆ」右の趣なれど確徴ある事を聞かず、又天乃佐奈咩神と称するは前年或人三代実録に因りて設けたる説なりと云へり。
今按ずるに三代実録に元慶七年十二月二十八日庚申伯耆国正六位上天照高丹治女神云々授従五位下とある神にはあらざるか。
此神は古事記伝に大己貴命の御子高比売(一名下照比売命)にやとあり。
若し然らば天照の文字より誤り伝へて後世伊勢大神宮と称するにや、此他考ふる所無し」と云えへり。
又旧神職田口家氏の伝へに、代々弓射る事と雉子の肉を食ふ事を厳く禁ず(当社の氏子鹿の肉を食はずとの伝もあり)之れ天若彦の古事に因みてなるべし。
今上の祭神より考ふるに豊受姫命、大年神、天栲萬幡豊秋津姫命、天手力雄命、級長津彦命、月夜見命、猿田彦大神、 天太玉命、神倭姫命は天照大御神を主神とせるより祀りしなるべく、大己貴命、事代主神、賀夜奈流美神(以上嘉永以後の社帳に拠る) 天若彦神は天照高日女神を主神とせるより合せ祀りしものならんか。
されば当社の祭神は昔は天照高日女神なりしを、何時の頃よりか誤り伝へて天照大御神と変りしも、古き伝への捨て難く天照高丹治女神をも合せ祀ることとなりて主神二柱となりしならんかと云へり。”
以下略
「賀夜奈流美神」の名前確かにありました。
ところで、現在「天照皇大神、高比売命」の二神を祀っていますが、元々は、「天照高比売命」を祀っていて、「天照」の冠がついているので、「天照大御神」と誤ったのではないかと。
『三代実録』 天照高丹治女神
そして、本当の祭神は三代実録に載っている884年頃の「天照高丹治女神」のことではないかと。
「天照高比売命」「天照高丹治女神」、この神は、まぎれもなく、丹後国一宮の籠神社(京都府宮津市大垣)の祭神「彦火明命」(天火明命)の妻神 高照姫命(別名 天道日女命)ではないですか。
「天照高丹治女神」の「高」は「高姫」の「高」、「丹治」は「丹波を治める」だと思うのです。
この高照姫命は、「海部氏勘注系図」によると大己貴命(おほなむち)の娘となっています。
そういえば、天火明命も別名「天照国照彦火明命」で「天照」の冠が付いています。 ⇒ウィキペディア 天火明命


