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宍道の起源(3) シシヂの意味

“松江の宍道湖はアイヌが命名したシシヂ湖の訛りである。シシヂとは大きい陰門(shish 拡がれる、chi 陰門)。アイヌ語chitの訛りが「膣」で、chi部(恥部)の恥は漢字に表現したときの当て字である。chiは陰茎をも意味したからである。” 
                                    (北村博則著 『歯・口・舌のはなし』 文芸社) 
まず こういう説にも一理あると思うのは、漢字が中国から入ってきたのはかなり後のことであり、奈良時代においては、前からある日本語に、読みが同じ漢字を当てている場合が多いからです。
たとえば、神社名や神名です。熊野大社の「熊野」は、動物の熊とは全く関係がないし、猿田彦命も猿とは本来関係がないことなどです。


縄文時代は、縄文言語なるものがあって、現在の日本語とは違い、その駆逐された縄文言語がアイヌ語に残存しているという説もあるからです。
縄文時代の後期にインドより、ドラヴィダ系の民族が日本に渡来して、ドラヴィダ系の言語(タミル語)が入り、弥生時代の言語として、日本語の起源となったとする大野晋氏の説(かなり異説として否定されたらしい)もありますから、奈良時代よりも昔は、また違う言葉をつかって、地名をつけていたのではないかと思うのです。

つまりは、縄文時代や弥生時代に使われていた地名が、漢字を当てることによって、別の意味に転化した例は多いのではないかと思うわけです。
そのように考えていくと、「ししぢ」は、「宍道」の漢字が当てられて、本来の意味が変わったのではないかと思いが浮かぶので
なにか他の著者でそういうような主張をしていないか、様々な本を探してみましたが、ありません。す。

宍道町 宍像岩 (ししかたいわ)
猪の岩というよりは、古代のホト岩信仰の祭祀場に見えます。


ただ、いわゆる言語学の本というのは、なにか語呂合わせのようにも感じますし、膨大な言語の理解がない私は、「本当かしら」とつい思ってしまいがちです。

『アイヌ語古語辞典』(平山裕人著 明石書店 2013年12月20日発行)で調べてみました。

アイヌ語自体が、たぶん現代のものと古代のものとは変化しているのではないかと思いました。

近世の文献に残っている言葉だけ載っていました。

それで 「陰門」を調べると 

陰門
ボッキ(ホッキの項)『蝦夷拾遺』(1786年)
ボキ 『蝦夷方言藻汐草』(1792年)

あれれ ありません。
しかし、
チー が、 陰茎 『蝦夷方言藻汐草』(1792年)とありました。

ついでに陰茎で調べると、
ヌキで「陰」、タケリ『蝦夷拾遺』です。
またノキが 陰嚢 『蝦夷方言藻汐草』と書いてありました。もしかしたら、野城大神の「ノキ」は、これではないかしら。

さて、この宍道郷が、なぜ「ししぢ」と呼ばれるに至ったのでしょうか。

グーグルアースを角度を変えて、加茂岩倉遺跡のある加茂町につながる宍道町の画像です。
この谷あいに国道54号線が走っています。この谷から来ているのでしょうか?

谷には、日本だけではなく、ヨーロッパでも、古代から女性の体が名づけられます。
アイヌ語と言わずとも、谷地(やち)は、明治時代の隠語として残っていたようです。

宍道町 国道54号線を中心に グーグルマップの画像

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宍道町の宍像岩(女夫岩)から、下に降りていくと溜池があります。
もともとの参道は、溜池の方からだったのだと云われています。


夫婦岩溜池 

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女岩遺跡を中心に谷間 グーグルマップの画像 
上が東方、下が西方面です。

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谷戸貞彦著 『幸の神と竜』(大元出版)には、こう書かれています。

“ここの地形を地図で見ると妙だ。甫登岩の西に大きな溜池がある。池の両側に足の形の岡が、甫登岩のある腰の岡に続いている。腰からさらに、胴体が東に伸びる。
 そして、女神の腹の部分は、妊婦のおなかのように、丸く高くなっている。何という、ことだろう。古代人は女体そっくりな地形を、発見し選んだことになる。
 そして、彼女の股の所にピッタリ、甫登岩が鎮座している。これは偶然にしては、巧く出来すぎている。私はこの甫登岩は、古代人たちが佐為神社の信仰の熱意で以って、他の所から引っ張ってきたものと考える。”




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by yuugurekaka | 2016-06-23 20:54 | Trackback | Comments(0)