2016年 05月 24日
八束水臣津野命と出雲国風土記
出雲国の祖神のように描かれる八束水臣津野命
『出雲国風土記』(733年)に描かれる世界と、記紀に書かれる世界が違うとよく問題にされます。
そして、『出雲国風土記』に描かれる世界の方が地元の人が書いたもので素朴であり、記紀の世界が虚構の世界であるとよく聞かれるのですが、自分にはそうは思えません。
私が『出雲国風土記』と記紀を比べて最初に思うことは、『出雲国風土記』では、なぜ八束水臣津野命が出雲の祖神がごとく何度も登場してくるのだろうかということです。
次に思うことは、事代主命が全く登場しないことです。
また『播磨国風土記』では、オオナムチとコンビで何度も登場するスクナヒコが、飯石郡多禰(たね)郷に一度しか記載されていないことです。
他にもいろいろ感じることはありますが、ここでは八束水臣津野命について書いてみます。
記紀では、素戔嗚尊(スサノオノミコト)が出雲の祖神となっているのですが、『出雲国風土記』では素戔嗚尊が登場するものの祖神としての立場は、
八束水臣津野命に奪われています。





