黄泉比良坂の考察  (1) 黄泉の国とはどこか

黄泉比良坂  島根県松江市東出雲町揖屋


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黄泉比良坂(よもつひらさか)、つまり「あの世」と「この世」の境、何やら幽界につながる4次元世界の入り口のように考えますと、やはり神話の世界の話に過ぎないのかな…と思えてきます。

そして、実際の黄泉比良坂を何度か歩いてみますと、ただの峠の道のようにしか見えません。

しかし、古事記・日本書紀になぜこの東出雲町揖屋のこの峠の話が載っているのでしょうか。

問題なのは、この話が何を意味しているのかということ、また、なぜ黄泉比良坂がこの場所なのかです。

まずは、場所について考えてみます。


古事記の黄泉比良坂を知らない方はこちらをどうぞ→松江市観光協会 黄泉比良坂物語


★ 東出雲の王都の入り口か ? ★

グーグルアースの下記の地図を見ればわかりますが、この黄泉比良坂を超えた西側の黄泉の国側には出雲臣の拠点というべき、意宇川の流域に意宇平野が広がっています。




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その意宇川の川上を登っていくと、東出雲のカンナビ山、茶臼山が見え、その南側に出雲国庁跡が見えます。さらに西の方に行くと、(富家伝承によると)東出雲王(向家)の王宮だったとされる神魂神社があります。

意宇川 下流

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カンナビ山 (茶臼山)と出雲国庁跡地

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つまりは、東出雲王家の拠点にたどりつく最後の峠であったということになります。

古代の地形がどうだったか、再検討は必要に思いますが、奈良時代に出雲臣の拠点が西の出雲郷(いまの斐川町)に移る以外は、おおむね変化ないと思われます。

「出雲VS大和」というように対立の図式で語られることが多いのですが、天津系の神々が出雲族の妻と婚姻関係を結んでいることもまた多いわけで、―例えば 神武天皇から3代に渡って事代主命の末裔―葛城登美家から后を迎えています。

また、それ以前にも、物部族の祖―饒速日(=ホアカリノミコト)は、東出雲王家から高照姫(天道日女命)を后に迎え、天香具山命を生んでいます。(斎木雲州著『出雲と大和のあけぼの』)

父系をたどれば、天津神ですが、母族が出雲族の場合も多いのです。


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続く


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by yuugurekaka | 2016-03-26 09:00 | 黄泉比良坂 | Trackback | Comments(0)