伯耆の宗形神社  鳥取県米子市宗像293

国道181号線を米子市内から走っていると宗像の地名に気づきます。
どうして、筑前の宗像氏の神社がここにあるのだろうか・・・。
山陰では宗像氏の神社は珍しいです。→ ウィキペディア 宗像氏
地名は宗像なのに、神社は「宗形」と書きます。

出雲の西の王家ー大国主命と親戚関係にある宗像氏が、出雲の東の王家の隣の地域「伯耆」にある
のはどうしてなのでしょうか?


宗形神社 鳥居

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往古、宗像氏族が、祖先神である宗像三女神を奉じて九州からこの地に船で来着し、
これを祀ったのが起源と伝えられています。
大昔は、大山が一つの灯台のような目印で、海人である宗像氏が漂着しやすかったのかな。


神社前に流れる四反田川 中海に流れています。

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“祭神御着船の地は、米子市長砂町小林(当時この辺りは入江であった。)であって祭神の御
乗船はのちに石に化したと伝えられ、この所を御船塚と称していた。” 
                       (全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁)

大昔は、米子市内が昔は海で、米子南高校あたりが入り江だったということは海辺に海に近
い神社だったのですね。


石段から見える宗形神社拝殿

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宗形神社 本殿

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弘治2年(1556年)に尼子晴久が、現社地に奉遷するまでには、北330mの宮ノ谷にあっ
たようです。
神社の裏山に「宗像古墳群」があるようですので、上ってみました。
神社はもともとは、ここに無かったわけですので、古墳とは直接関係ないのでしょう。


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3つの前方後円墳と22の円墳が見つかっているらしいのですがどれが古墳なのかよく
わかりません。円墳のように見えました。

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右手に前方後円墳らしき古墳がありました。石室らしきものが露出しておりました。

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裏山から見える宗形神社本殿

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気品の感じられる神社でした。
紅葉のシーズンだとさらに美しいでしょう。



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by yuugurekaka | 2015-12-28 08:00 | 伯耆 | Trackback | Comments(0)