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出雲国は守りまさむ  玉神社 安来市伯太町下小竹

安来市内の古墳を見た後
突然 長江山の稚児岩を見たくなりました。

大国主命が、越の国の八口を平定した後
伯耆の国(鳥取県西部にある出雲国の隣の国)を通って
長江山の稚児岩に鎮座して 岩の上に
水取の玉(水精、水晶)を置き
「自分が造り治めた他の国は皇御皇孫にゆずるが
 出雲の国だけは、青垣をめぐらして
 大切に守り育てる」と出雲統治を宣言したという
云い伝えの場所です。
(玉神社の案内版を参考に書きました。)

安来市内から、30分以上南下しないといけません。
突然見に行くのですから、地図も無く、迷いました。
迷って、ため息をついたところで神社の鳥居が見えました。

玉神社です。
もしかしたら、稚児岩に関係する神社ではないか。

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この玉神社、稚児岩を祀ったのが、神社の前身と書かれていました。
さて、この伝説は、出雲風土記に書かれています。

出雲風土記
母里郷(もりごう) 郡家の東南三十九里一百九十歩
のところにある。
所造天下大神の大穴持命(おおなむちのみこと)が、高志(こし)の八口(や
くち)を平定なさってお帰りになる時
長江(ながえ)山においでになっておっしゃられたことには、「わたしが国作り
して治めている国は、皇御孫(すめまの)命が平和に世をお治めになるよう
お任せ申し上げる、ただ、八雲立つ出雲の国は、私が鎮座する国として、
青く木の茂った山を垣の如く取り廻らし、玉の如く愛でに愛で正しく守りま
しょう。と、おっしゃられた。だから、文理(もり)という。”
ー島根県古代文化センター編ー

高志(越の国)の八口というとヤマタノオロチを思い出してしまいます。
平定と書いてありますので
越の国では、当時反乱が起こっていた模様です。

古事記の国譲り神話の所でも
越の国のヌナカワヒメの御子 建御名方神(たけみなかたのかみ)が
高天原の建雷命(たけみかずちのかみ)との対決が書かれています。

しかし、国を譲るという話が決まっているのに 
越の国(北陸地方)を平定しにいくのでしょうか?
もしかして、越の国が、最後まで国譲りに反対したのを収めにいったのでしょうか。

越の国を平定した帰りに
出雲の国を守るという宣言、国の統治権は譲るけど
出雲だけの統治権をなんとか守ろうとしたという交渉あるいは戦いが
あったのでしょう。

玉神社 拝殿

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境内社を一つ一つ拝しているうちに
すっかり暗くなっていました。
なんとか、露出を調整して 神社の写真はとりました。

良く知らない 山奥の道ほど心細いものはありません。
長江山の稚児岩を見るのは また別の日にして
その日は、家に帰りました。


Commented by ま~ねん at 2014-08-14 22:07 x
私もなんよなー

検査しても どうもない・・・
だけど やたらと疲れるし、疲れが取れません・・・・
暑さのせいなんかな・・・・

年齢的な・・・ は考えてないとこが私流(*>_<*)

養命酒 飲んだ事ないんよねー
お酒とか全くあかんのやけど やっぱお酒になります?
太陽さんの経過を聞いて飲んでみようかなーw


境内で すっかり暗くなったとか・・・・・
それは怖いわぁ・・・
危ないので時間だけは気にして下さいませ!

Commented by たまくん太陽 at 2014-08-16 10:14 x
養命酒ですが
いまんところ 
効果でていないですねー。

すぐに結果が出ないのが
漢方らしいですが
今日もだるいですね。

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by yuugurekaka | 2014-08-14 13:00 | 出雲風土記 | Comments(2)