古代出雲王陵の丘③  宮山古墳群を訪ずれて

先週の火曜日、安来市西赤江町の宮山墳墓群を見に行きました。
ここは、安来第三中学校の隣にあります。
ありますというか、安来三中を作ろうと山を崩したら
古墳が発見されたということです。

残念ながら、大きな1号墳は、三中を作る時、消失しています。
ここの古墳の模式図はこうなっています。
きちんと整備されているのは、3号墳と4号墳でした。

宮山墳墓群模式図

ここを見学するのに困った点が二つ。
一つは、駐車場がないこと。近くのスーパーマーケットにお願いして
車を止めさせてもらいました。
もう一つは、入り口がわからなくて、いろいろ歩きました。

道路表示があるものの、そこを上がっていくと
プール跡があるばかりです。

道路標示

ここではなくて、こちら。

ここから入ります。

会社の倉庫横の道を奥に入っていきます。

横の道を通ります。

ありました!ここの階段を上がっていきます。

階段を上る

現れましたる前方後方墳の3号墳。古墳時代の物です。

前方後方墳

北側には、四隅突出型墳丘墓の4号墳。
ここの四隅墳丘墓の特徴として、四隅が「しゃもじ型」をしています。
弥生時代後期のものと言われています。

四隅突出型墳丘墓 宮山

この「四隅突出型墳丘墓」ですが、弥生時代中期以降から当時の首長層の墓の
形式として 広島県北部、山陰、北陸地方にばかり、多く分布しているものだそうです。
下記の鳥取県埋蔵文化財センターの資料で見ると、全国で91基となっています。
四隅突出型墳丘墓の分布

古事記にヤマタノオロチが、越の国(北陸)からやってくる話が
ありますが(古事記の表記上は高志)、出雲と越は、古墳でも 関連があったわけです。





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by yuugurekaka | 2014-06-29 00:32 | 古代遺跡 | Trackback | Comments(0)