昨日書いた記事の宮山古墳群のすぐ近くに
仲仙寺(ちゅうせんじ)古墳群はあります。
安来市西赤江町にある安来第三中学校の西方面になります。

ここの古墳群のある公園にも、駐車場はありません。
古墳の見学者と住民との間で、駐車場のトラブルが
発生しないか 勝手に心配しました。
私は、自動車をスーパーの駐車場に止めて 歩いて行きました。
(先に雑貨店のおばさんに許可を得て、後でお花を買いました。)

ここの古墳群は、団地の中にあります。
と、いうよりもここの団地を造成するときに古墳が発見されたのです。
団地の中を歩いて行くと、道路標示がありました。

仲せん寺公園

ここの角を左に入ると
小さな森が見えてきました。ここが、仲仙寺公園です。

団地の中

ここを登っていきます。
古墳にしても、神社にしても
小山の上にありますので、結構な坂を上らないとなりません。
桜が、たくさん植えてありました。
春先には きれいでしょう。

仲仙寺公園

頂上にありました!

墳墓

これは、四隅突出型墳丘墓の9号墳です。
22.5×27m、高さ3m、突出部6mあります。

宮山古墳と同じように、四隅が「しゃもじ型」しています。
ここの古墳はもとは、15基発見されたそうですが、現存するのは8号墳と
この9号墳です。そして、整備されているのは、この9号墳のみです。
8号墓はどこにあるのか、いろいろ歩きましたが、確認できませんでした。

四隅 仲仙寺公園

これで 安来市の4つの「古代出雲王陵の丘」を見終わりました。





by yuugurekaka | 2014-06-29 23:06 | 古代遺跡

先週の火曜日、安来市西赤江町の宮山墳墓群を見に行きました。
ここは、安来第三中学校の隣にあります。
ありますというか、安来三中を作ろうと山を崩したら
古墳が発見されたということです。

残念ながら、大きな1号墳は、三中を作る時、消失しています。
ここの古墳の模式図はこうなっています。
きちんと整備されているのは、3号墳と4号墳でした。

宮山墳墓群模式図

ここを見学するのに困った点が二つ。
一つは、駐車場がないこと。近くのスーパーマーケットにお願いして
車を止めさせてもらいました。
もう一つは、入り口がわからなくて、いろいろ歩きました。

道路表示があるものの、そこを上がっていくと
プール跡があるばかりです。

道路標示

ここではなくて、こちら。

ここから入ります。

会社の倉庫横の道を奥に入っていきます。

横の道を通ります。

ありました!ここの階段を上がっていきます。

階段を上る

現れましたる前方後方墳の3号墳。古墳時代の物です。

前方後方墳

北側には、四隅突出型墳丘墓の4号墳。
ここの四隅墳丘墓の特徴として、四隅が「しゃもじ型」をしています。
弥生時代後期のものと言われています。

四隅突出型墳丘墓 宮山

この「四隅突出型墳丘墓」ですが、弥生時代中期以降から当時の首長層の墓の
形式として 広島県北部、山陰、北陸地方にばかり、多く分布しているものだそうです。
下記の鳥取県埋蔵文化財センターの資料で見ると、全国で91基となっています。
四隅突出型墳丘墓の分布

古事記にヤマタノオロチが、越の国(北陸)からやってくる話が
ありますが(古事記の表記上は高志)、出雲と越は、古墳でも 関連があったわけです。





by yuugurekaka | 2014-06-29 00:32 | 古代遺跡

古代出雲王陵の丘の2つ目、塩津山古墳群を探しましたが、
なかなか見つかりません。
カーナビをつけていないので
インターネットの地図を印刷したものがたよりです。

高速道路の真上にある古墳群であるということをヒントに
探していたら ありました!

e0354697_15051817.jpg


現代の御墓の隣に入り口があります。
ここから、高速道路のトンネルの上目指して登っていきます。
ここの古墳群には、弥生時代後期の一辺30m以上の
四隅突出型墳丘墓の6・10号墓がありますが、
私は確認できませんでした。

e0354697_15051854.jpg


ありました!1号墳。貼り石がされています。

e0354697_15051955.jpg


頂上には、土器のレプリカが置いてあります。

e0354697_15051953.jpg

 
隣の高台から、見ますと 方墳であることがわかります。
縦(南北)25m×横(東西)20mあるそうな。
古墳時代前期の方墳ですが、
弥生時代後期の
角のせり出し部分をもち、貼り石をするという
四隅突出型墳丘墓の特徴を持つという墳墓です。
四隅突出型墳丘墓から方墳への過渡期的を表している
墳墓だそうです。

e0354697_15051910.jpg


1号墳の南側には、2号墳の円墳がありました。これは、直径8メートルで
古墳時代後期のものだそうな。周りに約2mの溝があり
円筒埴輪が配置されていたようです。

e0354697_15051964.jpg


古墳の東側から見る安来市の景色。
下に走るのは、高速道路の山陰道です。遠く見えるのは、
武嶺山に、その奥が十神山です。
残念ながら、大山は見えず。

安来市内にたくさんの小山あるけれど
全部本当は、古墳山ではないのかななどと 勝手に想像しました。

e0354697_15051941.jpg


昨日の記事ですが、造山3号墳の写真が間違っていました。
気づいたのが、夕べの21時ごろで、あわてて直しました。

「単なる野原の写真にしか見えませんが」と書きましたが
単なる野原の写真を張り付けてしまいました。
どうもすみませんでした。





by yuugurekaka | 2014-06-20 09:00 | 古代遺跡

安来市荒島町には、弥生時代後期、古墳時代の古墳が
たくさんあります。
その中でも有名なものを整備し公園としているものを
「古代出雲王陵の丘」と呼んでいます。

その1番目の古代出雲王陵の丘 ー造山(つくりやま)古墳群
です。岡山県にも同じ名前の造山古墳がありますが
それは、前方後円墳です。→岡山県古代吉備文化財センター

ここの造山1号墳、3号墳、4号墳は、方墳なのです。
出雲東部の地域は、前方後円墳ではなく、方墳が集中している
というのが特徴です。

ここの造山1号墳、3号墳は、いずれも古墳時代前期4世紀ごろと
ものとされています。2号墳、4号墳は、6世紀初めのものと推定
されています。

さて、入り口付近の案内図の写真

e0354697_15051772.jpg


さて、登っていきましょう。
よく整備されています。つつじが、きれいに刈ってあります。

e0354697_15051708.jpg


結構急な階段です。ふうふう。
この丘の一番高いところにある2号墳。一見 前方後円墳に見えますが
「前方後方墳」です。先っぽが円ではなく四角です。
全長50mあります。古墳の上に登ってみました。

e0354697_15051798.jpg


次に現れましたのが、小さな4号墳です。一辺が13mあります。

e0354697_15051771.jpg


道路標示にしたがって、遠くにある3号墳に行きました。40m×30mの方墳です。
写真は、単なる野原にしか見えませんが、3号墳の頂上です。

e0354697_15051875.jpg


あれ、1号墳の表示がありません。
いろいろな道を歩いても見つかりません。
一度下まで降りました。

もう一度登ってみました。やっぱり、2号墳、3号墳の表示しかありません。
e0354697_15051885.jpg


もう一度、下まで降りて、地図を確認しました。
うーん。
この杉林そのものが、地図の1号墳の場所です。
ここが1号墳だとすると、一辺60メートルで、古墳時代前期のものでは
全国最大レベルの大きさらしいです。→造山古墳(島根県) Wikipedia
高さ5mで、谷側は2段になっているのが特徴らしいです。

e0354697_15051863.jpg


よく見ると、頂上が正方形のような…。
回って見ます。

そして、「進入禁止」の立札が見えます。
つまりは、古墳の頂上までは行けません。
よくわかりませんなあ。

e0354697_15051898.jpg


入れないなら入れないで、下の案内図か、上の表示に書いてほしいです。
そもそも、どれが1号墳なのか、上がってみてもわかりません。
2,3,4号墳が、整備されていて、最も有名な1号墳が杉林になっているのも
よくわかりません。
古代の歴史以上に、ミステリーです。




by yuugurekaka | 2014-06-19 07:00 | 古代遺跡

荒神谷遺跡に行ってきました。
行ったのは先週の6月12日(木)の夕方です。
史跡公園を入って行くと2千年ハスが大きく広がっています。

このハス、1951年(昭和26年)に千葉市花見川区朝日ケ丘町で
故・大賀博士が発見された2千年以上も前の種子を
発芽させたものです。→大賀ハス wikipedia

ハスの池を右手に見ながら、弥生時代の銅剣358本等が出土した
荒神谷遺跡に向かって歩いて行きました。

2000年ハス


荒神谷遺跡の説明ですが
あれこれ考えても、引用した方が、わかりやすいと思いまして
ホームページより引用させてもらいました。

荒神谷博物館 ホームページより
引用
“荒神谷遺跡は昭和58年(1983年)
広域農道(出雲ロマン街道)建設にともなう
遺跡分布調査で、調査員が田んぼのあぜ道で
一片の土器(古墳時代の須恵器)をひろった事が
きっかけとなり発見されました。
遺跡の南側に『三宝荒神』が祭られている事から
荒神谷遺跡と命名され、翌昭和59年、谷あいの斜面を
発掘調査したところ、358本の銅剣(どう
けん)が出土しました。”

荒神谷遺跡

さて、来ました!ここから銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が出土したのです。
すぐ近くまで観れますが、中には、立ち入り禁止の看板があり、入れません。
向かい側の谷から、いろいろな角度で見れます。

出土したものは、残念ながら、入り口の荒神谷博物館にはなく
出雲大社の近くの島根県立古代出雲歴史博物館に
常設展示されています。

ハス池の北側に古代米(赤米等)の田んぼがありました。→古代米 Wikipedia
2000年ハスのように、発掘された種ではなく
「古代から栽培していた品種」「古代の野生種の形質を残した品種」
を古代米というらしいです。
まだ食べたことはありませんが、また買って食べてみたいと思います。

古米 田んぼ

弥生時代の家屋の復元されたものも設置されていました。

古代の住居

あいにく2千年ハスは、つぼみでした。もうちょっとで、花が次々に開いていきます。
7月上旬には、「荒神谷ハスまつり」というのが催されるらしいです。

ハス 蕾


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by yuugurekaka | 2014-06-17 00:48 | 弥生時代の遺跡

さきおととい 出雲市大津町にある西谷墳墓群を見に行きました。
なぜ突然見に行きたいと思ったかというと
テレビで「出雲と大和ー古代国家の原像をたずねて」(岩波新書)の
著者 村井康彦さんの講演を聞いたからです。

自分にとって 子どもの頃習った日本の歴史は、
大人になるにしたがって 本当だろうか…と小さな疑念がありました。
皇国史観からの反省として 戦後の歴史は「古事記」「日本書紀」に
記述していることには懐疑的です。
出雲王朝からヤマト王権への国譲りの神話など
デタラメみたいに言われてきました。
→詳しくは MSN 神話の世界 考古学界騒然「出雲王朝VS大和王権」裏付ける〝物証〟次々

出雲地方には、出雲王朝を証明づける古墳や遺跡がないと
言われています。巨大な前方後円墳がないと。
でも出雲地方独自の古墳があるではないですか。

古墳とかは 自分はあんまり関心がありませんでしたが
村井さんのお話を聞いて、見に行ってみたくなりました。

西谷古墳群

ここの墳墓群は、出雲市の街中にあります。
左手に、出雲商業高校のグラウンドが隣接しています。
下記のwikipedeaからの地図の引用写真ですが
大小のこんなにたくさんの墳墓があります。

西谷古墳画像 WIKIより

ウィキペディアの説明はこちら  西谷墳墓群 wikipede

中でも2,3,4,9号墓は弥生時代に造られた
全国最大級の四隅突出型墳丘墓(よすみ)で
代々の出雲の王が葬られたのでないかと言われています。

これが2号墳です。約46m×約29m×約3.5mあります。
昔はこうであったろうと復元されています。
西谷2号墳

これが3号墳(約52m×約42m×約4.5mあります)の頂上です。

西谷3号墳 頂上 2

上記の古墳群は、史跡公園「出雲弥生の森」と整備されており
古墳の上に登ったりできました。

この公園から外れて、最大の9号墳(約62m×約55m×約5m)に行きました。
この9号墳、なんと神社となっています。

三谷神社

古墳の上に「三谷神社」が、あります。
三谷神社の境内は、古墳の頂上なのです。
古墳であるというのは、後からわかったことです。

三谷神社 境内

三谷神社の本殿です。小さな神社です。
三谷神社 本殿

その後、有名な荒神谷遺跡を観に行きました。




by yuugurekaka | 2014-06-16 00:17 | 弥生時代の遺跡