☆母神イザナミをしのぶ神在り祭


松江市内から、熊野大社のある松江市八雲町の入り口の峠(神納峠)を越えた所に、「岩坂陵墓参考地」というところがあります。いわゆる女神イザナミのお墓とされるところです。


「岩坂陵墓参考地」のある神納山(かんのやま)


 『雲陽誌』(1717年)によれば、男神イザナギを追った女神イザナミが、自らの魂をこの地に納め

  た場所なので「神納」というそうだ。



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宮内省が明治33年全国数か所のイザナミ御陵伝説地の中から陵墓伝説地として指定し、現在も宮内庁が管理しています。扉があり中に入ることはなりません。


「岩坂陵墓参考地」


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島根県東部には、イザナミを葬った比婆山の伝承地が多く、イザナミを祭神として祀る神社も多いのです。

夫婦なのだから、イザナギも同時に祀られてしかるべきと思うのですが、神社巡りをしていて感じるのは、イザナミ女神単独が多く、イザナギ男神の存在感が薄いということです。


それゆえ、イザナミがたまたま東出雲で亡くなったということではなく、もともと東出雲の氏族の神だったのではないかと思うのです。

ホアカリノミコト=饒速日(先代旧事本紀)の后、天道日女命が、イザナミであったのなら、----------私の妄想にすぎないかもしれませんが、いろいろな意味で、符号があいます。(※籠神社 海部氏勘注系図では、天道日女命は大己貴神の娘です。)


旧暦十月を全国では、「神無月」といい、出雲地方では、逆に「神在月」です。出雲大社に―大国主命の下―、全国の神様がに集まって会議をする、そういうことが頭に浮かびましょうが、実に松江市の(東出雲の)佐太神社、神魂神社、熊野大社は、いずれもイザナミを祀って神在祭を行います。

→ 島根県 : 神在月に集う

仮に天道日女命のことであるとすれば、天津神の系譜(海部氏、紀氏、尾張氏等)の母神ともなるわけで、全国から集まらないといけない理由にもなるでしょう。


☆出雲族と物部族との和合


先の岩坂陵墓参考地の意宇川をはさんで東側に劔(つるぎ)神社があります。神社の名前から、物部系の神社が浮かんできますが、現在、伊弉册命(いざなみのみこと) 大山祇命(おおやまつみのみこと) 中山祇命(なかやまつみのみこと)麓山祇命(はやまつみのみこと) 正勝山祇命(まさかやまつみのみこと) 籬山祇命(ひなやまつみのみこと)を祀っています。


劔神社拝殿 島根県松江市八雲町日吉10


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富家伝承によれば、出雲進駐軍司令官・物部十千根命が、東出雲王宮神魂神社を使用していたため、神魂神社境内地にあった物部氏の神フツを祀っていたものを、八雲町に遷宮したものが劔神社だそうです。(斎木雲州『出雲と蘇我王国』大元出版 64ページ)



劔神社の本殿の2種類の千木


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斎木雲州氏によれば、横そぎ(内そぎ)=女神を祀った千木、縦そぎ(外そぎ)=男神を祀った千木という俗説は誤りで、元々は、縦そぎ=出雲系、横そぎ=九州物部系だったそうです。そういえば、出雲大社の女神を祀っている境内社も縦そぎです。


ここの劔神社の横そぎ、縦そぎ混合の千木は、一般的にはイザナミとイザナギの和合を示すものかもしれませんが、元々が物部の神社だということを考えれば、出雲族と物部族の和合を表わしたものでないでしょうか。 



by yuugurekaka | 2016-03-31 09:28 | 黄泉比良坂

黄泉平良坂 峠に登って行く道

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高群逸枝『日本婚姻史』(1963年)を読んでいて、黄泉比良坂の異説として、自分の頭の中で一度は流れてしまったけれど、出雲族と物部族との婚姻関係を学習するに到り、頭の中でまた現実的な説として蘇ってまいりました。


“妻問婚では、愛がなくなれば通わなくなる。女の側には、来た男をかえすという手段があった。しかし、重婚規定も離婚宣言もなく、平安ごろは、「床去り」「夜離れ」と呼ばれたが、すべてはあいまいで、復活する例も多かった。

男酋と女酋のばあいには、その背後に人民をひかえているので、そう簡単にはいかなかった。イザナギとイザナミの離婚では、ヨモツヒラ坂で千引の岩ごしに両人が対立し、コトドワタシ(絶縁の誓い)をした。最後にイザナギが、「ウカラ離れむ。ウカラ負けじ。」といった。いったん結合して同族となったが、ここに両者の離婚を契機として、ふたたび分離し、敵となって相見えむ」という意味である。”(高群逸枝『日本婚姻史』至文堂 54頁)


黄泉平良坂 千引岩


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もしやこれは、出雲族(イザナミ)と物部族(イザナギ)の離婚のことではないのか?

神代の時代は、妻問婚です。となれば、物部族(ここでは、物部氏ということではなく、海部氏、紀氏、尾張氏を指す)が出雲族と婚姻すれば、東出雲王家の家に足しげく通ったでしょう。基本的に妻問婚の時代は、女性は自分の氏族から離れないわけであるから、男神が通うしかありません。

―しかし、丹後風土記や播磨風土記で、ホアカリノミコトの后である天道日女命高照姫)の記事があるのは特殊な事例なのか、どういうことなのか、今のところよくわかりません。

 

イザナミが、火之迦具土(ひのかぐつち)を生んで、女陰に火傷してお亡くなりになる話ですが…、通説的には、「出産の事故」あるいは考古学的に「製鉄のかまど」などと云われますが、裏の意図としては、出雲族との決別の話ということではないのでしょうか。

火之迦具土神、ひの…迦具…かぐ…、…もしや天香具山命(ホアカリノミコトの子)では?

火と出産との関係を考えると、二二ギノミコトと木花咲耶姫の火中出産の話が思い出されます。

二二ギノミコトが、自分の子ではなくて国津神の子ではないかと疑い、木花咲耶姫が母屋に火をつけて証明する話です。(詳しくは ウィキペディア天孫降臨の火中出産の項目へ →ウィキペディア 天孫降臨 


当時としては、一夫一婦制ではなく、対偶婚なので、疑いが生じても不思議はないですが、実際の子であっても、そういう誓約をしていれば女神が焼け死ぬということがあったのではないでしょうか。


奇想天外な説に思われるかもしれませんが、その後のイザナギの行動がそう思わせるのです。

黄泉平良坂から戻ってイザナギが、出雲からピューンと九州の日向に飛んで橘の小門の阿波岐原(あはきはら 宮崎県宮崎市阿波岐原町)で禊をおこなうのです。

富家の伝承によれば、「徐福」は、二度来日し、最初は和名ホアカリを名乗り出雲族と婚姻関係を結び天香具山命を授かり、海部王朝の系譜をつくり、二度目の来日でニギハヤヒを名乗り崇神天皇につながる九州物部王朝の系譜をつくったとされています。


イザナギという日本創建神話の男神とは、もしやニギハヤヒのことを表わしているのではないのかしら、そういう思いが浮かびました。

ニギハヤヒは、天道日女命高照姫)と離婚し、出雲族と決別し、日本には居なくなり、残された天香具山命は、母族である出雲族に依拠していったのではないかと。


黄泉平良坂の賽の神


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久那土の神は、もともと、共同体を同族化し縁を結ぶ神であったものでしょう。いつしか物部族との対立の過程で、お互いの領土の境を示す神に転化したのではないのでしょうか。


続く


by yuugurekaka | 2016-03-27 22:19 | 黄泉比良坂

黄泉比良坂  島根県松江市東出雲町揖屋


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黄泉比良坂(よもつひらさか)、つまり「あの世」と「この世」の境、何やら幽界につながる4次元世界の入り口のように考えますと、やはり神話の世界の話に過ぎないのかな…と思えてきます。

そして、実際の黄泉比良坂を何度か歩いてみますと、ただの峠の道のようにしか見えません。

しかし、古事記・日本書紀になぜこの東出雲町揖屋のこの峠の話が載っているのでしょうか。

問題なのは、この話が何を意味しているのかということ、また、なぜ黄泉比良坂がこの場所なのかです。

まずは、場所について考えてみます。


古事記の黄泉比良坂を知らない方はこちらをどうぞ→松江市観光協会 黄泉比良坂物語


★ 東出雲の王都の入り口か ? ★

グーグルアースの下記の地図を見ればわかりますが、この黄泉比良坂を超えた西側の黄泉の国側には出雲臣の拠点というべき、意宇川の流域に意宇平野が広がっています。




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その意宇川の川上を登っていくと、東出雲のカンナビ山、茶臼山が見え、その南側に出雲国庁跡が見えます。さらに西の方に行くと、(富家伝承によると)東出雲王(向家)の王宮だったとされる神魂神社があります。

意宇川 下流

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カンナビ山 (茶臼山)と出雲国庁跡地

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つまりは、東出雲王家の拠点にたどりつく最後の峠であったということになります。

古代の地形がどうだったか、再検討は必要に思いますが、奈良時代に出雲臣の拠点が西の出雲郷(いまの斐川町)に移る以外は、おおむね変化ないと思われます。

「出雲VS大和」というように対立の図式で語られることが多いのですが、天津系の神々が出雲族の妻と婚姻関係を結んでいることもまた多いわけで、―例えば 神武天皇から3代に渡って事代主命の末裔―葛城登美家から后を迎えています。

また、それ以前にも、物部族の祖―饒速日(=ホアカリノミコト)は、東出雲王家から高照姫(天道日女命)を后に迎え、天香具山命を生んでいます。(斎木雲州著『出雲と大和のあけぼの』)

父系をたどれば、天津神ですが、母族が出雲族の場合も多いのです。


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続く


by yuugurekaka | 2016-03-26 09:00 | 黄泉比良坂

えびす様と鶏

揖夜神社の対面に荒神さん、恵美須神社が二つあります。
天満宮が一つあります。

荒神(こうじん)さんです。
雌雄一対の藁蛇(わらで作った蛇)が奉納されています。
この写真ではわかりにくいですが、藁蛇が木に巻かれています。
出雲・伯耆地方では、荒神祭りが行われています。詳しくは→文化庁 無形文化財
ちなみに荒神さんは、出雲地方では、スサノオノミコトです。

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なんで二つもあるのか、社務所で聞きました。
もともと揖夜神社の境内にあった神社ではないですが
同じ境内で祀ることになりました、別々の集落で祀られていた恵美須さんを
お祀っているので集落ごとに恵美須さんがあるとのことでした。

恵美須さんは、出雲地方では、
大国主命の長男 事代主命(コトシロヌシノミコト)を恵美須さんと言います。
美保神社という恵美須さんの総本山という神社が、島根半島の美保関にあります。
なぜに東出雲町揖屋地区に 恵美須さんがたくさん祀られているのか。

揖夜神社境内の恵美須神社
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黄泉比良坂の入り口で出会った地元のご老人が話されたこと。
「えびすさんが、揖屋のお姫様に船に乗って夜通っておられた。
 ある鶏が間違えてコケコッコ—と鳴いて
 えびすさんが、その声を聞いて朝になったと思って
 あわてて 船に乗って帰ろうとしたんだけど
 船を進める櫂を流してしまった。仕方がないので
 自分の足で漕いで、船を動かしたんだが
 ワニ(ワニザメ)に足を食べられてしまった。

 そういう話があるので揖屋では
 戦前までは、鶏や卵を食べなかった。」

美保関では、鶏や卵を食べないというのを知っていたが
東出雲町揖屋でも 食べないという話を、私は知りませんでした。
神社の古さよりも こういう習わしというか タブーが
ずっと生きていることにびっくりしました。
神話はずっと生きているのです。 
詳しくは→恵美須様と鶏 松江市観光協会



by yuugurekaka | 2014-07-16 00:48 | 黄泉比良坂

黄泉比良坂から車で約5分 揖屋町の街中に
揖夜(いや)神社があります。
御祭神  伊弉冉命 (イザナミノミコト)・大己貴命(オオナムチノミコト=大国主命)
       少彦名命(スクナヒコノミコト)・ 事代主命(コトシロヌシノミコト)

揖夜神社鳥居

中には、黄泉比良坂の入り口と同じような鳥居がもう一つあります。

鳥居2 揖屋神社

拝殿 奥に鏡があります。
不思議な拝殿です。

揖屋神社拝殿

立派な大社造りの本殿です。
主祭神が、イザナミノミコトなので 女千木です。
中の御神座は、出雲大社と反対向きになっているそうです。
松江市大庭町の神魂神社と同じなんでしょうね。

左わきに見えるのが 韓国伊太氐神社(からくにいたてじんじゃ)です。
スサノオノミコトと息子のイソタケルノミコトを祀っています。

本殿と韓国伊太氐神社


御神座


本殿の右わきには 三穂津姫神社(みほつひめじんじゃ)があります。
この三穂津姫は、美保関の美保神社に祀られていますが
事代主命の奥さんではなく、その父である大国主命の奥さんです。

三穂津姫神社

三穂津姫は、『日本書紀』の葦原中国平定の場面(国譲り)の
第二の一書にのみ登場します。
高天原の司令官 高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の娘で
高皇産霊神が、大国主命に向かって
「もしお前が国津神を妻とするなら、まだお前は心を許していないのだろう。私の娘の三穂津姫を妻とし、八十万神を率いて永遠に皇孫のためにお護りせよ」と詔したと言われます。 →Wikipedia 三穂津姫
つまりは、三穂津姫は、国津神ではなく天津神です。

拝殿の前には、恵比寿さんが二つ祀られていました。三穂津姫といい
恵比寿さんといい、美保神社との関係も強いと思いました。



by yuugurekaka | 2014-07-14 23:29 | 黄泉比良坂

黄泉比良坂を歩く

明日に続くと書きながら、昨晩はごはんを食べたら
そのまま眠ってしまいました。
すみませんでした。

最近、体温が高く、36度5分前後ですが…
体重も減っています。
常に疲労感があり、
気を許すと眠ってしまいます。

さて、黄泉比良坂ですが、
入るまで、入り口で、地元のお年寄りの方とお話しました。
子どもの頃は、ここを遊び場だったとか。

中まで入ったことありますかと、尋ねられたので
「あります。」と答えましたが、
「峠に塞の神(さいのかみ)が、道祖神ともいわれるが。おられたでしょう?。
 ここを通る時、石を供えたものです。」

塞の神さん?この前来たのが7年ぐらい前でしたが
正直なところ塞の神のことを覚えていませんでした。
いろいろなお話を伺いました。
私は、古い遺跡が残っていることよりも
風習や言い伝えがいまだに生きている方に
驚くます。

せっかくお話を聞いたので
黄泉比良坂に入っていきます。
ここに北川景子さんも入っていくシーンがありました。

入り口

坂を上っていきます。
黄泉比良坂 ②

この峠を越えました。
峠が、あの世とこの世の境ですので
もう あの世ということになります。

もっと突き進むと明るくなってきました。

住宅地

あの世の向こう側は、住宅地でした。
看板があり、こちらからも入れます。
しかし、入り口は千人石のある所です。

住宅地からの入り口

また戻っていきます。 峠に向かって登っていきます。

峠

峠の塞の神様です。
恐山の積み石が思い浮かびました。
ここで無心で拝みました。
塞の神様は、疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が集落に入るのを防ぐとされる神です。

塞の神

ここの坂を急いで下って、入り口に来ました。
改めて 生きている ということを考えました。

黄泉平坂 入口にもどる

千引石の近くには山桃の木が植えてあります。
あの世から追いかけてきた鬼たちに桃を
投げつけたら、鬼たちは逃げ帰ったという
話が古事記にあります。
新たに3本苗を植えたという話を
地元の方に聞きました。

やまももの木




テレビドラマ 「一リットルの涙」の主題歌。
悲しみの向こう岸に 微笑みがあると云う。
悲しみを乗り越えるには、どうしても時間が必要です。
時間が必要ですが、どこかでスイッチを入れて切り替えないと
いけません。この当たり前のことがなかなかできません。



by yuugurekaka | 2014-07-11 10:36 | 黄泉比良坂



北川景子さん主演 映画 瞬(またたき)の主題歌です。
映画のシーンもMVに散りばめられています。

北川景子さん 『美少女戦士セーラームーン』のレイちゃん役から、11年。
ずいぶん女優さんらしくなったなあと、久々に映画を見て思いました。

映画は、北川さん扮する主人公は
恋人をバイクの事故で、突然失くしてしまい
いっしょにバイクに乗っていた自分だけ生き残ります。

その死を受け止められず、病んでいきますが
どのように亡くなったのかを明らかにしていくようになります。
そして、恋人の故郷 出雲に旅立ちます。
亡くなった恋人に一度会いたい…あの世の入り口
黄泉比良坂に行くのでした。
映画の始まりから終りまで、ずっと涙が止まりませんでした。

なんでこの映画を見たのか、
久しぶりに黄泉比良坂へ行ったら、この映画のロケのことが
書いてありました。どのように、ここのことが
表現されているのか 知りたくて 映画を見たのです。

黄泉比良坂は、松江市東出雲町揖屋の国道9号線から、車で5分とかからない
ところにあります。初めて、来たときは、なんでこんな町の中にあるのだろう
というのが不思議でした。

今まで、2度は来ています。
私は、死んだ人に会いたいとかは、ありませんが、
なぜ日本の創造主であるイザナミとイザナギの神話が
ここが舞台なのか、
イザナミの神陵地(お墓)である比婆山の近くでなくて
ここなのか不思議です。

黄泉比良坂は、黄泉の国(あの世)と現世(この世)の境界とされて
古事記には
「そのいわゆる黄泉比良坂は、今の出雲の国の伊賦夜坂(いふやざか)
である」と書かれています。

イザナギが、イザナミの追いかけてきた道をふさいだと言われる千引石(ちびきいわ)

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黄泉比良坂の入り口、太古の鳥居のような感じですかね。

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さて、黄泉比良坂に入って見ましょう。池があります。
錦鯉が泳いでいます。

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by yuugurekaka | 2014-07-10 01:41 | 黄泉比良坂