鳥取市の青谷上寺地遺跡(あおや かみじちいせき)のある遺跡展示館で弥生の古代米(朝紫という
名前の黒米)をいただいた。
ここの遺跡で出土した黒い米と、この「古代米」との関連性について、ほぼ同じ品種なのか後から
疑問になったけれど聞きそびれてしまった。
ちなみに「古代米」の定義は、→ ウィキペディア 古代米

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白米1合に小さじ1杯の黒米を入れて炊くように書いてあったが、うちの家には玄米しかないので、
玄米3合に小袋全部の黒米を入れて炊いた。
炊いたご飯は、赤飯みたいな色だ。黒米だけを箸で取って食べたら、味も小豆の皮のような味がし
た。(違うかも。)
玄米も味わい深いけれど、黒米を入れたら、さらに味わい深い。


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さて、これは現代人の食べ方であるが、弥生時代の人達はこういう食べ方をしていなかった。
青谷上寺地遺跡から弥生時代中期の木製のさじが数多く出土しており、蒸すのではなく、甕形土器
で水を加えて煮て、さじで食べられたのではないかと云われている。
蒸すための調理器具-甑(こしき)の出土は、まだ後代のようだ。(→ウィキペディア 甑 

青谷上寺地遺跡から出土した弥生時代中期ごろの米であるが、分析によれば、中国から直接日本に
伝わったものと、朝鮮半島をとおって日本に伝わったものが混ざっていたそうだ。

参考 ➡ 弥生ミュージアム  第四章 弥生時代の生活 2.食料
   ➡ 鳥取県埋蔵文化財センター 「弥生時代の米作り」



by yuugurekaka | 2017-02-22 12:55 | 古代遺跡

昨日は、秋分の日でした。
私は、ある出雲西部の豪族の古墳を探していました。
出雲西高校の裏の方にある「宝塚古墳」はどこだろうか。
あれ 墓地がある。お墓参りに来ておられるご家族が二組。

もしや、ここが「宝塚古墳」では?
その通りでした。「宝塚古墳」の周りにたくさんの御墓があります。
写真ではわかりにくいですが、表示板の左にお墓が見えます。

宝塚古墳 出雲市下古志町 出雲西高校のグラウンドの東にあります。


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宝塚古墳は円墳で 古墳時代後期(6~7世紀)のものと云われています。

宝塚古墳墳丘 石室の天井石が露出しており 墳丘はかなり削られています。


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ここの石室は、柵が無く入ることができます。

横穴式石室  全長で7m以上あります。右側に家形石棺が置かれています。


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しかし、出雲西部の大きな古墳は、現在の墓地の中にあるものが多いです。
と、いうよりも古墳の周りに、墓地ができているということですね。

この近くにある 妙蓮寺山古墳も 日蓮宗の妙蓮寺というお寺の墓地を通り抜けた
ところにあります。古墳時代後期に造られているそうです。

妙蓮寺山古墳  全長約49m 後円部経約25mあります。


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前方後円墳で 墳丘がわかりにくいですが、丸く光っているところが後円部で
木が生えている盛り上がった所が、前方部です。
そばで見ても後円部しか よくわからなかったです。

妙蓮寺古墳 横穴式石室 


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玄門は、2枚の板石を観音開きになるようになっている珍しい造りになっていました。
また、出雲市今市町には 今市大念寺古墳という出雲で最大規模の前方後円墳があります。
これまた、古墳を取り囲んで墓地があります。

大念寺 浄土宗の古いお寺。このお寺の後ろが、古墳の後円部。


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大念寺横穴式石室  右手の墓地を通っていくと入り口がありますが、柵がしてあります。


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大念寺古墳を南から写真を撮る  中央部の木が生い茂ったところが古墳で、左側が後円部。


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大念寺古墳は、墳丘の北側半分が壊れていますが、全長約92m
後円部径 推定約45m高さ約7mあります。

弥生時代は、東部(安来市方面)も西部(出雲市方面)も 
同じく四隅突出型墳丘墓だったのに、
古墳時代になると
東部は、方墳や前方後方墳が多くなり
西部は、前方後円墳や円墳が多くなるのです。


by yuugurekaka | 2014-09-24 01:08 | 古代遺跡

夕べは疲れていたせいか
うっかり 夜の10時に眠っていました。
起きたのが、7時前。

まだ、荒神谷遺跡公園の2000年ハスの
開花時間に間に合う。
朝のゴミ出しをして、回覧板を回して
さっそく出発。

あ 交通ラッシュ。
いつも朝出勤ではないので 
混雑まで 計算に入っていませんでしたが、
9時前には到着。
まだ 咲いていました。ほっ!

一面 咲いております。
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もっと 近くに寄って見ます。
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こんな花なんですねえ。
7月5日(土)6日(日)には、荒神谷ハス祭りがあるそうです。

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ハスの写真コンテストがあるからか
カメラを持って方がたくさんおりました。
隣の池の白い睡蓮もきれいです。

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池の周りのアジサイも美しいです。

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帰りに 荒神谷博物館の展示を拝見させていただきました。
発掘した当時の様子や、発掘した銅剣や銅矛、銅鐸の分析など
たいへん勉強になりました。
全部 ここらへんで作られていたと思い込んでいたんですが
銅矛は 北九州などで作られていたんですね。
クイズをしたり、ビデオを見たりで、2時間近くいたような気がします。

この前、場所が良く分からなくて 行けなかった
「荒神谷遺跡」の名前の由来の荒神さんへ行きました。
荒神谷遺跡公園の南側駐車場に車を止めて 歩いて行きました。
少し わかりにくかったです。

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荒神さんは、やはり 素戔嗚の命だったです。
自分の荒神さんのイメージは、おそれ多い神様です。
幼少のころから変わりません。

荒ぶる自然神、鎮まっていただきたいという感じです。
どうか自然災害が起こりませんよう 柏手をうち拝みました。
自分には、とてもではないけれど 私的なことを
お願い事をする神様ではありません。

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by yuugurekaka | 2014-07-04 22:34 | 古代遺跡

昨日書いた記事の宮山古墳群のすぐ近くに
仲仙寺(ちゅうせんじ)古墳群はあります。
安来市西赤江町にある安来第三中学校の西方面になります。

ここの古墳群のある公園にも、駐車場はありません。
古墳の見学者と住民との間で、駐車場のトラブルが
発生しないか 勝手に心配しました。
私は、自動車をスーパーの駐車場に止めて 歩いて行きました。
(先に雑貨店のおばさんに許可を得て、後でお花を買いました。)

ここの古墳群は、団地の中にあります。
と、いうよりもここの団地を造成するときに古墳が発見されたのです。
団地の中を歩いて行くと、道路標示がありました。

仲せん寺公園

ここの角を左に入ると
小さな森が見えてきました。ここが、仲仙寺公園です。

団地の中

ここを登っていきます。
古墳にしても、神社にしても
小山の上にありますので、結構な坂を上らないとなりません。
桜が、たくさん植えてありました。
春先には きれいでしょう。

仲仙寺公園

頂上にありました!

墳墓

これは、四隅突出型墳丘墓の9号墳です。
22.5×27m、高さ3m、突出部6mあります。

宮山古墳と同じように、四隅が「しゃもじ型」しています。
ここの古墳はもとは、15基発見されたそうですが、現存するのは8号墳と
この9号墳です。そして、整備されているのは、この9号墳のみです。
8号墓はどこにあるのか、いろいろ歩きましたが、確認できませんでした。

四隅 仲仙寺公園

これで 安来市の4つの「古代出雲王陵の丘」を見終わりました。





by yuugurekaka | 2014-06-29 23:06 | 古代遺跡

先週の火曜日、安来市西赤江町の宮山墳墓群を見に行きました。
ここは、安来第三中学校の隣にあります。
ありますというか、安来三中を作ろうと山を崩したら
古墳が発見されたということです。

残念ながら、大きな1号墳は、三中を作る時、消失しています。
ここの古墳の模式図はこうなっています。
きちんと整備されているのは、3号墳と4号墳でした。

宮山墳墓群模式図

ここを見学するのに困った点が二つ。
一つは、駐車場がないこと。近くのスーパーマーケットにお願いして
車を止めさせてもらいました。
もう一つは、入り口がわからなくて、いろいろ歩きました。

道路表示があるものの、そこを上がっていくと
プール跡があるばかりです。

道路標示

ここではなくて、こちら。

ここから入ります。

会社の倉庫横の道を奥に入っていきます。

横の道を通ります。

ありました!ここの階段を上がっていきます。

階段を上る

現れましたる前方後方墳の3号墳。古墳時代の物です。

前方後方墳

北側には、四隅突出型墳丘墓の4号墳。
ここの四隅墳丘墓の特徴として、四隅が「しゃもじ型」をしています。
弥生時代後期のものと言われています。

四隅突出型墳丘墓 宮山

この「四隅突出型墳丘墓」ですが、弥生時代中期以降から当時の首長層の墓の
形式として 広島県北部、山陰、北陸地方にばかり、多く分布しているものだそうです。
下記の鳥取県埋蔵文化財センターの資料で見ると、全国で91基となっています。
四隅突出型墳丘墓の分布

古事記にヤマタノオロチが、越の国(北陸)からやってくる話が
ありますが(古事記の表記上は高志)、出雲と越は、古墳でも 関連があったわけです。





by yuugurekaka | 2014-06-29 00:32 | 古代遺跡

古代出雲王陵の丘の2つ目、塩津山古墳群を探しましたが、
なかなか見つかりません。
カーナビをつけていないので
インターネットの地図を印刷したものがたよりです。

高速道路の真上にある古墳群であるということをヒントに
探していたら ありました!

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現代の御墓の隣に入り口があります。
ここから、高速道路のトンネルの上目指して登っていきます。
ここの古墳群には、弥生時代後期の一辺30m以上の
四隅突出型墳丘墓の6・10号墓がありますが、
私は確認できませんでした。

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ありました!1号墳。貼り石がされています。

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頂上には、土器のレプリカが置いてあります。

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隣の高台から、見ますと 方墳であることがわかります。
縦(南北)25m×横(東西)20mあるそうな。
古墳時代前期の方墳ですが、
弥生時代後期の
角のせり出し部分をもち、貼り石をするという
四隅突出型墳丘墓の特徴を持つという墳墓です。
四隅突出型墳丘墓から方墳への過渡期的を表している
墳墓だそうです。

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1号墳の南側には、2号墳の円墳がありました。これは、直径8メートルで
古墳時代後期のものだそうな。周りに約2mの溝があり
円筒埴輪が配置されていたようです。

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古墳の東側から見る安来市の景色。
下に走るのは、高速道路の山陰道です。遠く見えるのは、
武嶺山に、その奥が十神山です。
残念ながら、大山は見えず。

安来市内にたくさんの小山あるけれど
全部本当は、古墳山ではないのかななどと 勝手に想像しました。

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昨日の記事ですが、造山3号墳の写真が間違っていました。
気づいたのが、夕べの21時ごろで、あわてて直しました。

「単なる野原の写真にしか見えませんが」と書きましたが
単なる野原の写真を張り付けてしまいました。
どうもすみませんでした。





by yuugurekaka | 2014-06-20 09:00 | 古代遺跡

安来市荒島町には、弥生時代後期、古墳時代の古墳が
たくさんあります。
その中でも有名なものを整備し公園としているものを
「古代出雲王陵の丘」と呼んでいます。

その1番目の古代出雲王陵の丘 ー造山(つくりやま)古墳群
です。岡山県にも同じ名前の造山古墳がありますが
それは、前方後円墳です。→岡山県古代吉備文化財センター

ここの造山1号墳、3号墳、4号墳は、方墳なのです。
出雲東部の地域は、前方後円墳ではなく、方墳が集中している
というのが特徴です。

ここの造山1号墳、3号墳は、いずれも古墳時代前期4世紀ごろと
ものとされています。2号墳、4号墳は、6世紀初めのものと推定
されています。

さて、入り口付近の案内図の写真

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さて、登っていきましょう。
よく整備されています。つつじが、きれいに刈ってあります。

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結構急な階段です。ふうふう。
この丘の一番高いところにある2号墳。一見 前方後円墳に見えますが
「前方後方墳」です。先っぽが円ではなく四角です。
全長50mあります。古墳の上に登ってみました。

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次に現れましたのが、小さな4号墳です。一辺が13mあります。

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道路標示にしたがって、遠くにある3号墳に行きました。40m×30mの方墳です。
写真は、単なる野原にしか見えませんが、3号墳の頂上です。

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あれ、1号墳の表示がありません。
いろいろな道を歩いても見つかりません。
一度下まで降りました。

もう一度登ってみました。やっぱり、2号墳、3号墳の表示しかありません。
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もう一度、下まで降りて、地図を確認しました。
うーん。
この杉林そのものが、地図の1号墳の場所です。
ここが1号墳だとすると、一辺60メートルで、古墳時代前期のものでは
全国最大レベルの大きさらしいです。→造山古墳(島根県) Wikipedia
高さ5mで、谷側は2段になっているのが特徴らしいです。

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よく見ると、頂上が正方形のような…。
回って見ます。

そして、「進入禁止」の立札が見えます。
つまりは、古墳の頂上までは行けません。
よくわかりませんなあ。

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入れないなら入れないで、下の案内図か、上の表示に書いてほしいです。
そもそも、どれが1号墳なのか、上がってみてもわかりません。
2,3,4号墳が、整備されていて、最も有名な1号墳が杉林になっているのも
よくわかりません。
古代の歴史以上に、ミステリーです。




by yuugurekaka | 2014-06-19 07:00 | 古代遺跡