『稲羽の素兎』(1)伯耆の素菟大明神

江戸時代前期の儒者、貝原好古(かいばら よしふる)の『和爾雅』(1694年)には、伯耆 

素菟(うさぎ)大明神(だいみょうじんとの記載があります。

古事記には、『稲羽の素兎』の話として、載っていますが、伯耆国の束積郷(平安時代には既に

地名として存在しています。この束積とは出雲積、安積の「積」と何か関係があろうか?)

には、「伯耆の素兎」の伝承が残っています。


中山神社 鳥居   鳥取県鳥取県西伯郡大山町束積8番


『鳥取県神社誌』(昭和10年 鳥取県神職会 編)によれば、往昔 大森大明神と称し、明治元年

明治元年十月 束積社と改め、同五年十二月郷社に列せられ、同六年 束積神社と改称、同三十八年

九月二十六日中山神社と改称とあります。

祭神は、大己貴命、田心姫命、稲背脛命、倉稲魂命、御祖尊、稚産霊命、大山祇命、保食神、白兎

神とありました。


中山神社 拝殿   鳥取県鳥取県西伯郡大山町束積8番

   

      

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中山神社前の「伯耆の白兎」の説明板


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神社の前の説明板に「伯耆の白兎」の伝承が書かれています。


“束積に住む白兎が川をのぼる鱒の背を借り川を往き来していたが、過って鱒の背を踏みはずし溺れた。

 さいわい流れ木につかまり隠岐島まで流された。帰郷の念から鰐をだまし、皮を剥がれたところを大

 国主命に助けられた。

 「伯耆の白兎」の話は「因幡の白兎」と共に『古事記伝』で語られている。束積に帰って一休みした

 岩が「兎の腰掛け岩」として残っているほか、流れ木に助けられた川を「木の枝川」「甲川」と呼ぶ

 ようになった。

  村人は白兎の愛郷の念を偲び元の遊び場「古屋敷ヶ平ル」に社を建て「素菟神社」とした。この社

 は皮膚病(疱瘡)の守り神となり、平癒の節は笠を納めるのを例とし参拝者があとを絶たなかった。

 明治初年社が野火で焼失し、今は中山神社境内に再建され長く白兎の心情を保っている。

                            平成二年三月

                                 大山町教育委員会    

中山神社西参道の道祖神(サイの神)
伯耆地方では、サイの神にわらで作られた馬を供えるらしい。

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西側の参道に道祖神が祭られていました。素菟神の伝承地だから、藁のウサギかなと、単純に思っ
てしまいましたが、ウサギにしては足が長くてどうも違う気がします。
図書館に行って調べてみますと、伯耆地方には藁で作った馬を供える風習があるようです。
下記の引用は、中山町束積ではなくて、中山町岡地区の事例です。サイノカミ(幸の神)は、縁結
びの神様ということは聞いたことがありますが、耳の病気の神様という側面もあるようです。

“ 伯耆西伯郡中山町にはサイの神が少なくとも三十ヶ所はある。その中には神社の境内にあるものも
 少なくないが、これは道路工事その他のため遷されたものであって、元はやはり村境とか峠とかにあ
 ったものだという。たとえば岡地区では現在稲荷神社の境内にあるが、自然石そのままのものは少な
 く、大抵がその表面に男女の双体像を彫り出したり、また線刻したりしたものになっている。岡地区
 のも男女の双体像である。機能は一応耳の病の神だとなっているが、それよりもこの地方では縁結び
 の神という所が多い。しかしまた祭りには子供が参るものともしているのではっきりといわれないが、
 そこにはやはり子供の守り神という考えもあったことがしのばれる。…中略…
  十五日になると子供たちが参ってきた。子供のある家では子供の数ほど藁馬をつくり、これに団子
 二つ三つ苞に入れて負わせ、それを持って参らせる。…後略… ”
                    (『山陰の祭祀伝承』山陰民俗学会 平成九年 発行 )

さて、伯耆のうさぎが、鱒の背中を踏み外し、溺れそうなところをなんとか流れてくる木の枝をつ
かんで助かったという甲川(きのえがわ)を見に行きました。
木の枝川が、甲川となったのか、どうかわかりませんが、陰陽五行から木の枝(きのえ)→木の兄
(え→甲(きのえ)となったんだろうか。

甲川 (きのえがわ)
木の枝が、「甲」(きのえ)に転化したのか?

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そして、木の枝につかまって、日本海に面した甲川の河口に行ってみました。「伯耆の素兎」が、

ここから隠岐島に流れ着いたといいます。


甲川河口付近 
向こう側は日本海。

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この束積の甲川から、地図で見ますと、確かに直線的に隠岐島があります。マーカーした所が、束

積の中山神社があるところです。


“さて其の束積のあたりに、木の江川とて大キナル河ありて、其川の海に落る処、鹽津浦とて、隠岐
 知夫里湊その向ひに當れり。”(本居宣長撰 倉野憲司校訂『古事記伝 (三)』 岩波書店)

                             

GOOGLEマップの地図 


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by yuugurekaka | 2017-03-20 23:35 | 因幡の素兎